なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
思い出  堀 剣二郎
昭和20年8月6日、駆逐艦宵月は、呉軍港に近い島の入江にいた。カモフラージのため長さ135メートルの船体全長に藁縄で編んだ網を被っていた。雲一つない快晴であったが朝早くラジオは空襲警報を伝えた。艦橋の12センチ高角望遠鏡で見ると一万メートル位の上空に大型機が一機認められたが、しばらくして、警報は解除され
た。広島市の記録では午前7時三一分警戒警報解除となっている。敵機がいるのに解除するのはこの機は偵察機で爆撃はしないと見たのだろうと思った。その後なにかの用で甲板に降りて煙突の近くにいるとピカッと光を感じたので探照灯を点灯したかと思いその方を見ても探照灯はカバーを被ったまま。艦橋に駆け上がると、ドーンと腹にひびく音がして白い雲が湧き上がるのを見た。その時これは火薬庫が爆発したのではないかと思った。しかし午後になると米側の短波放送は、新型爆弾が広島に投下され、横川町の方まで家が倒れていると報じた。当時.艦は広島の南約25km、音速を346.5m(温度二五度の場合)とすると、爆発音ガ伝わる所要時間は約72
s、私が閃光みた時(爆発の時)から音を聞くまでの時間に大体一致する。広島、呉方面の人は、原子爆弾をピカドンと呼ぶがまさに名は体を表している。
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by naniwa-navy | 2010-08-06 11:43 | 思い出
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