なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
カテゴリ:意見( 2 )
東電原発事故雑感    泉 五郎
光と影、明と暗。
 光は暖かく、闇は冷たい。
 人間は希望の光に歓喜し、絶望の闇に打ちひしがれる。
然し人間は常夏の国も万年雪の極地にもそれなりに春夏秋冬の移ろいを感じ、それなりに耐えて生き延びてきた。そして又人類は火を手にすることによって万物の霊長としての文明社会を築きあげてきた。
 一方地上の動物である人間は餌を求めて山野はおろか水の中まで進出、更には好奇心にかられて大空まで舞い上がり、挙句の果てには天空に輝くお月様にまで出かけた。そして今や人工衛星まで打ち上げ、月ならぬ地球を眺めて人類が宇宙で何ヶ月も暮らすことが出来るようになった。更には果てしない宇宙探検という壮挙を企てる。これらは文明の光り輝く一面である。
 然しその反面第二次世界大戦では瀕死の日本が、もうこれ以上戦う能力も無く降伏の道を選ぼうとしていることを知りながら米国は広島、長崎へ二発の原子爆弾を実験的に投下した。これは如何に弁明しようとも人類に対する戦争犯罪として、これ以上の残虐行為は空前のものであつても絶後のものでなければならない。幸い人類は原子力については殺傷兵器としての一面には封印を施し、専ら平和的エネルギーとして活用しようとしているかに見える。然し、原子力空母や潜水艦の存在は厳然たる事実で、それに搭載された核兵器は終末戦争への禁断の木の実であると言えよう。とは言うものの、今や日本はその消費する膨大な電力を維持するため、平和的利用と称して原子力発電に踏み切った。その電力のお陰を蒙りながら一方で我々が、「原子力発電はパンドラの函に収められたこの禁断の木の実を、だましだまし盗み食いしているようなものだ」と非難することは些か面映い。然し、我々老耄(ろうもう)にとって世界がこれ以上の物質文明に毒されてゆくのも誠に忍び難い。尤も、それでは未開発地域の住民にとって不公平ではないか!という問題があるのは言うまでもないし、勿論彼らにそれを強制することも出来ない。然し、夜の空から眺める日本は海の上に光り輝く不夜列島か!その列島を行く車のライト正に光の脈流である。然し今や世界は多少の効率を犠牲にしても、従来の水力発電に加えて太陽光や風力という自然エネルギー型発電に回帰しその改良改善に努力すべきである。

 福島原発問題は国難であって一東電の問題ではない。それも人為的なものではなく多分に天災的な要素が多い。然し地震国日本の歴史的現実や地理的要因を考えれば、その地震やそれに伴う津波対策について国も東電も、その規模が想定外大きさであつたという弁明では絶対にその責任を免れることは出来ない。 
 原発被災は単なる建造物の地震被害とは基本的条件に絶対的な相違がある。そもそも原点において原発は震災被害そのものが許されないのである。我々素人にとって最近多発する世界的大地震による津波被害の惨状を考えれば、海岸に近接して建設された原発の地震並びに津波対策が斯くも脆弱なものであつたとは誠に信じがたい無責任さである。
 重ねて言うが「今回の如き大地震や大津波は想定の限度を遥かに超えていた天災である」という弁明は絶対に許されない。然し、毎日のテレビ放映ではお役人も東電の人間も、まるで他人事のような態度で素人には全く理解し難い数字や言葉を羅列するばかりである。それが一体どれほどの環境汚染をもたらし、特に人間や動植物にどのような連鎖的悪影響を及ぼすかについては、甚だ説明不足と云わざるを得ない。それも説明の主役は間接的当事者である監督官庁のお役人で、直接最大の責任者である東電の社長は病気と称して姿を現さない。
 東電と官僚のぴったりと息の合った見事なお芝居で、被災者ならずとも許しがたい態度ではなかろうか?
 この非常事態に際し自ら陣頭指揮に立てないない社長がのうのうと入院治療とはあきれ果てて開いた口がふさがらない。東電は社長の個人商店ではない!

 東電社長は全退職金を被災者に提供して直ちに職を辞すべきある。事業にどれほど公共性をあろうとなかろうと、天災であろうとなかろうと、そんなことは問題ではない。

 それにしてもこれだけの大惨事に遭遇しながら東北人の見せる温和にして友愛に富み、しかも不屈不倒のたくましい人間性にはただただ驚嘆あるのみ。とてもじゃないが頭が上がらない。天を恨まず人を妬まず、この未曾有の災難逆境にあっても崩れない郷土愛は何処から生まれたのであろうか。そして又、全国各地から寄せられた人的、物的の温かい支援の輪、特に戦争を知らない若者たちの意外な同胞愛、人間味には、戦後の個人主義教育でマナーの低下を嘆いていただけに目から鱗が落ちた思いである。

 今は只、これ以上被災者を悩ますことだけは止めてほしい。そして一日も早い復興援助の具体的政策が実施されることを望むばかりである。
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by naniwa-navy | 2011-04-11 05:00 | 意見
地盤、看板、金庫番、 三番煎じは孫の番
泉 五郎から

私の地元千葉市で今期限りで引退を表明していた鶴岡市長が収賄で逮捕された。消息通に言わせると間違いなく内部告発のようである。
私は元々千葉の人間ではないのでよく知らなかつたが、千葉には鶴岡と云う姓も多いので地元の人に聞いてみたら、矢張り旧制千葉中出身のようである。
昨年中高一貫校になり孫娘も後輩としてこの中学に入学したばかりである。途端に有名な先輩の不名誉極まる事件に遭遇した訳で、進学を勧めた「じじ」としては甚だ具合が悪い。
事件後事情通の話では、今期限りで間もなくの引退を表明した直後の逮捕である。諸々の噂からすると、これは明らかに内部告発によるもので、僅か百万円足らずの賄賂でパクられるのは、不徳の所為との噂がもっぱらである。
我々からすれば百万が十万でも、それが仮令一万でも賄賂は賄賂と思うが、金権千葉の汚名に恥じず地元の感覚からすれば多寡が百万である。
それにしても、地方に限らず国政の段階すら相変わらず、世襲政治の悪弊から逃れられないのは誠に残念である。千葉でも若い三代目のポスターが矢鱈と目に付く。
ところでこの雑文の表題、下の句に「三番煎じは孫の番」と入れたが、この間「ネット」上で 「貸家と金釘で書く三代目」という迷文句に遭遇した。それでも「売家と唐様で書く三代目」よりは売り飛ばさないだけ少しはましか?
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by naniwa-navy | 2009-04-23 21:18 | 意見

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