なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
カテゴリ:お知らせ( 40 )
『帰って来た蛍』の公演
株式会社カートプロモーションが制作した『帰って来た蛍』が公演されます。
これは赤羽礼子、石井宏両氏の著『ホタル帰る』をもとに鹿児島県知覧を舞台に守るべきもののため、この国の未来のため、命を賭して戦った若者たちと知覧に到着してから出撃までの短い期間ではあるが、彼らを献身的に支え、兵士たちから「お母さん」と親しまれた富屋食堂の主人『鳥濱トメ』との心温まる交流を通して、この国の未来の為に命を賭して戦った若者たちの至純な想いを現在に受け継ぐ作品です。
【作品のあらすじ】
大東亜戦争末期、昭和20年春、米軍は沖縄上陸に向け大挙殺到して来る。その米軍に対抗する日本陸海軍は、弾薬・燃料が枯渇し迎撃もままならぬ状況に陥り、沖縄戦における特攻作戦の大命が下る。
陸軍最大の特攻基地となった《知覧》。全国各地から召集された特攻隊員達は、まだあどけない表情の残る十代から二十代前半の若者達であった。その特攻隊員達の母の代わりとして彼等を手厚くもてなし、無限の情を傾けたのが富屋食堂の女主人、《鳥濱トメ》であった。
富屋食堂を訪れた大勢の若者達の中に色白で優しげな青年がいた。彼の名は《宮川三郎》。一度出撃し、生きて戻った汚名を着せられ、苦悶の日々の中で僚友滝本との出会い。親友松崎との再会。
そして宮川三郎は出撃前夜、20歳の誕生日の日に、とめに別れを告げにやって来る。
宮川は明日の出撃の夜、蛍になって帰って来ると約束し、勇躍出撃して行く。
6月6日夜、富屋食堂に奇跡が起こる。
【本作品について】
本作品は戦争賛美の作品ではございません。戦争は非なるものであることは間違いないでしょう。しかし守るべきもののため、この国の未来のため、命を賭して戦った若者たちと知覧に到着してから出撃までの短い期間ではあるが、彼らを献身的に支え、兵士たちから「お母さん」と親しまれた富屋食堂の主人『鳥濱トメ』との心温まる交流を通して、この国の未来の為に命を賭して戦った若者たちの至純な想いを現在に受け継ぐ作品です。本作品を一人でも多くの方にご覧いただき特攻の真実を伝えていきたいという思いから本作品を制作いたしました。
【公演概要】
日程 = ◆草月ホール
住所:東京都港区赤坂7-2-21
    草月会館内(B1階)
 TEL:03-3408-9113 FAX:03-3405-4947
アクセス:東京メトロ半蔵門線・銀座線・都営地下鉄大江戸線 青山一丁目駅4番出口より徒歩5分
2010年7月15日(火)~25日(日)
15 日(木)、16 日(金) 1900~
17 日(土)       1300~  1900~
18 日(日)、19 日(月) 1300~
21 日(水)、22 日(木) 1300~  1900~
23 日(金)       1900~
24 日(土)       1300~  1900~
25 日(日)       1300~

BS フジ放送
7 月12 日(月)22:00~  「知覧ホタル巡礼記」

◆南九州市文化会館(旧・知覧文化会館)
2010年8月12日 =映像上映予定
◆靖國神社(能楽堂)奉納行事『忘れない日本』
2010年7月4日(日) 予定
《遺書の朗読・日本舞踊・歌(童謡)・芝居の予告編》
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by naniwa-navy | 2010-06-24 20:09 | お知らせ
明美ちゃん基金に38年後の恩返し 外国人1号の“坊や”が2万ドル寄託
2010.5.28 の産経新聞に下記の記事があった。この記事にある今村さんは昭和19年から20年にかけて戦時中、私と高杉敏夫君が乗っていた駆逐艦楓の軍医長であった。此の記事は高杉君から教えてもらった。
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現金2万米ドルを寄託したクルニアワン・イマサタ・スリスティオさん。右は当時医師として援助した今村昌耕さん
 『38年前の昭和47年、心臓病の子供を救う明美ちゃん基金(産経新聞社提唱)で手術を受けたインドネシアの「ニューニュー君(坊や)」ことクルニアワン・イマサタ・スリスティオさん(45)が28日、東京・大手町の産経新聞社を訪れ、基金へ現金2万米ドル(約180万円)を寄託した。外国人として初めて基金の適用を受けた7歳の少年は、いまや世界を飛び回るビジネスマン。「命を救ってくれた恩返しをしたい」と話している。
 ニューニュー君は4歳のとき、日本から医療援助で訪れた東京女子医大の故高尾篤良医師により、生まれつき右心室の出口が狭く肺動脈へ十分な血流がない「肺動脈狭窄(きようさく)症」と診断された。
 日本での手術を切望していたころ、医療援助に来ていた財団法人結核予防会結核研究所の今村昌耕医師(92)=東京都清瀬市=と出会った。今村さんは「体格もひ弱で、どこか不安げだった」と振り返る。
 今村さんは帰国後、ニューニュー君を救おうと高尾医師を訪ねた。高尾医師を通じ明美ちゃん基金に適用申請があり、東京女子医大病院で心臓外科の権威だった故榊原仟(しげる)教授の執刀で手術を受けた。外国人の適用1号だった。帰国後は元気に復学し、米国へ留学して財政学と会計学を学んだ。母国へ戻り銀行や不動産、保険会社などで働いた。現在は総合開発会社の管理職の傍ら投資家としても活動。欧米ビジネスマンに人気の携帯電話「ブラックベリー」2台が手放せない忙しさという。
 セカンドネームの「イマサタ」は、手術に尽力した今村、榊原、高尾の3医師の名前をもらったもの。今村さんとは家族ぐるみのつき合いが続き、今回の寄託が実現したのも、休暇で5年ぶりに今村さんを訪ねようとしたことがきっかけだった。電話で来日を伝えた際、現在も基金が活動していることを聞き、即座に寄託を決意したという。
 「当時は、貧しくて基金がなければ手術を受けられなかった。日本人の善意に心を打たれた。大人になって仕事で日本を何度も訪れ、常に基金のことが頭の片隅にあった。命を救ってくれた日本人へ恩返ししたいとずっと思っていた」
 今村さんは「ニューニューは経済的にも自立できた。恩返しするのもめぐり合わせだろう。彼の人生が開けた姿を見届けられ、うれしい」と話した。
 この日、今村さん、妻のリリーさん(49)と本社を訪れたスリスティオさんは、白い封筒に入れた百ドル札200枚を寄託した。
 「基金にはこれからも子供たちを救ってほしい。世界にはまだ、かつての私のように、貧しいがゆえに手術を受けられない多くの子供が助けを待っています」
今村昌耕さんと伊藤正敬、高杉敏夫の3名は長い間、駆逐艦楓会で付き合っている。
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by naniwa-navy | 2010-05-30 22:20 | お知らせ
永代神楽祭
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昨日は6月4日実施予定の永代神楽祭の出欠回答の締切日でした。
頂いた回答は
参加88名
(そのうち、参拝のみ参加30名、参拝、懇親会とも参加58名)
欠席132名です。
未回答が216名と50%近くおられます。
まだ回答を送って頂いていない方は折り返し是非ともご返事下さい。
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by naniwa-navy | 2010-04-16 05:22 | お知らせ
天1号作戦 堀剣二郎
 天1号作戦のブログを読んで。
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 作戦参加者に冬月の吉成 淳君が入るのでわないかと思うがたしかではない。彼は昭和20年8月20日、乗艦の冬月が門司港の岸壁を離れた際,磁気機雷に触雷し、その時亡くなった。彼が冬月に4月7日以前に乗組んでいれば勿論参加している。私は冬月が作戦から帰って門司港の岸壁に係泊中、良い戦訓を求めて呉から出張して冬月を訪ねた。私の記憶によれば、そのとき吉成君に会えると思っていたが休暇で不在であった。この記憶が確かでない。なお、得た情報は航空機から発射されたロケット爆弾が2発士官室の外板を貫通したとのことであった。これは爆弾をロケット化して命中率をたかめたもので前年の昭和19年には見られなかった。
  
  
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by naniwa-navy | 2010-04-08 10:35 | お知らせ
74期訃報
74期 岡村虎彦 様 3月2日 逝去
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by naniwa-navy | 2010-03-03 11:35 | お知らせ
テレビ放送
2010年 2月27日(土)午前8:00~午前8:45(45分)『証言記録 兵士たちの戦争「フィリピン・エンガノ岬沖』
が:BShiでn放送されます・
番組HP: http://www.nhk.or.jp/shogen/
太平洋戦争中、最も多くの海戦に参加しながら大きな損害を受けることなく「幸福な空母」と呼ばれた瑞鶴。しかし最後の任務は、敵の攻撃のオトリ。それはなぜだったのか?
太平洋戦争で日本はアメリカに先駆けて大規模な空母機動部隊を編成し、世界に圧倒的な強さを見せつけた。中でも最も多くの海戦に参加したのが空母・瑞鶴。戦局が悪化する中でも大きな損害を受けることなく「幸運な空母」と呼ばれた。しかし、昭和19年10月レイテ沖海戦で命じられたのは、敵の攻撃をひきつけるオトリの役目。なぜ生還の見込みのない絶望的な任務を強いられたのか? 乗組員と航空機の搭乗員の証言からたどる。

この放送に70期の高井先輩も出演されます。この情報は、70期の森田さんから頂きました。森田さん有り難うございました。

なお、高井さんは終戦後復員輸送中、海150号の艦長で、私が航海長でした。電話でお尋ねして次の情報をえました。
『昭和19年10月25日、比島沖海戦(フイリピン;ルソン島エンガノ沖)  「瑞鶴」は、水上艦隊(2艦隊他)がレイテに突入するにあたり、敵機動艦隊(空母)を北方に誘致し、自らは囮艦隊となり敵機動艦隊と交戦し沈められる。私は当時大尉、24歳で部下200名、艦長の側近で戦いました。
 拙宅にも去る11月30日、NHKのカメラが入り、インタビューを受けました。どんな編集になるか不明ですが、』
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by naniwa-navy | 2010-02-26 21:05 | お知らせ
harituke
みんなのプロフィールSP
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by naniwa-navy | 2010-01-16 09:07 | お知らせ
テレビ放送
購読会員のHさんから頂いた情報です。
12月27日、1400~1454 BS-TBSにて、2009年10月にソロモン諸島ガダルカナル島とパプアニューギニア独立国ウエワク市において行なわれた『太平洋戦争戦没者慰霊の護摩供養」放送が有ります。
詳しくは↓ ↓ を見て下さい。
http://www.bs-tbs.co.jp/app/program_details/index/KDT1000400
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by naniwa-navy | 2009-12-23 19:01 | お知らせ
海軍兵学校の会
10月25日に書いた「海軍兵学校の会」の案内状を頂きました。要旨は次の通りです。
      記
  「海軍兵学校の会」ご案内
 海軍兵学校連合クラス会は昨年10月に解散しましたが、その後も元幹事などが水交会の評議員(12名中3名)、理事(12名中5名)を勤める関連団体の中で重要な役割を果たしており、これらの間で意思の疎通、連携が必要になっておりよす。
また、近年交替で副代表幹事を出して、隊務を担当して参りました七十五期~七十八期の幹事の間でも連合クラス会解散後も何らかの繋がりを続けたいという意見もあり、一般の方々にも先輩クラスの方とお会い出来なくなるのは淋しいという声が出ておりましたので、この度、「海軍兵学校の会」を立上げ、幹事OBおよぴ有志により、年1回懇親の会を持つことに致しました。
ただ、有志といってもその特定が難しく、会場の都合、連絡の問題も考慮して、今回は連合クラス会大会などへの出席率の高い方にご連絡を差し上げた次第です。
 懇親会の予定は次のとおりでありますので、奮ってご出席のほどをお願い申し上げます。
        海軍兵学校の会世話人代表 菱川信太郎(75期)   
一、 日  時  平成21年12月8日(火)1200
二、 会  場  水交会(東京1・原宿)
           電話 03-3403-1491
三、 会  費  6000円
四、 申込期日  11月15日
    同封の郵便振り込み取扱書によるお振り込みをもって申込と致します。

小生(伊藤正敬)のところに、案内状が数部来ています。参加希望の方はお知らせ下さい。案内状をお送りします。
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by naniwa-navy | 2009-10-29 17:41 | お知らせ
HPについて
HPに取り込んである記事は現在まで合計1,023件となっています。そして、今日現在の閲覧数は13万件をこえました。(130,060件です)
そして、今まで会員以外の方でご覧になってメールを頂いた方は31名になっています。
記事の文字を随分大きくいたしました。大き過ぎて見ずらい時は文字の大きさを小にして見て下さい。
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by naniwa-navy | 2009-10-28 19:19 | お知らせ

by naniwa-navy
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