なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
カテゴリ:報告( 35 )
平成29年靖国神社永代神楽祭を開催しました   HP担当 原田
平成29年6月4日、晴天に恵まれた靖国神社にて永代神楽祭が執り行われました。
本年は、永代神楽祭参加は、52名 直会・懇親会参加は、35名でありました。
会友や多くの遺族の皆様が、久しぶりに顔を合わせるよい機会で、楽しみにされておられました。

永代神楽祭、懇親会の様子は、なにわ会ホームページに掲載していますので、ご覧ください。




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by naniwa-navy | 2017-06-21 15:49 | 報告
新なにわ会設立の経過           岡野 武弘
本年、6月4日、「新なにわ会」がスタートしました。その新なにわ会設立に至る経過をホームページに掲載いたしました。ご一読ください。

  新なにわ会設立の経過 >>> 詳しくこちらをご覧ください。



 
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by naniwa-navy | 2016-08-04 21:56 | 報告
72期の鈴木敏旦君の姪御さんからのメール   原田佳明
駆逐艦桑でオルモックにて戦死しました72期鈴木敏旦君の姪御さん(鈴木敏旦君の妹さんの娘さん)より、兵学校時代のお話や駆逐艦桑での戦闘や戦友会などの情報をご存知の方がありましたら聞かせてほしいとのメールがありました。

<メールの一部引用>---------------------------------

先日両親と共に江田島海兵学校へ見学に行き、そこで資料を見せて頂く事ができました。母は彼とは年が離れすぎており、写真で見たことがあるだけなので、今まで実感がなかったそうですが、初めて「実在の人」と感じたそうです。

現在、母と叔母が数名生存しておりますが、全員彼の記憶がありません。祖父母や年長の叔母など記憶がある人たちはすでに他界しており、生前は「辛すぎてその事は話せない」と言う事で、何も聞けなかったそうです。祖父母に至っては聞ける雰囲気ではなかったそうです。

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このようなメールお問合せに対して、早速、世話役の上野様のご連絡しましたところ、同分隊であった平川様に連絡いただき多くの情報が得られました。姪御さんも大変喜ばれ、御礼のメールもいただきました。

以上、ホームページを見て問合せのメールが多数あります。その中には今回のようにご遺族が年とともに風化しそうな記憶を呼び起こしたいと言うご希望もあります。出来る限り、このような要望にもお応え出来ればと存じます。
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by naniwa-navy | 2013-11-28 18:21 | 報告
海兵73期ご遺族 菰池様からのメール      原田佳明
なにわ会ホームページを担当しています原田佳明です。

本ブログやなにわ会ホームページは様々な方に見ていただいています。ホームページを見ていただいた方からの問合せ・質問など様々いただいています。

先日、大阪市の菰池 健様(73期亀有正躬様の実弟)より以下のメールをいただきましたので、掲載させていただきます。

3月28日 菰池様よりのメール
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突然のメールで誠に恐縮に存じます。
 さて、私、海軍兵学校73期の亀有正躬の実弟で81歳です。 兄は、駆逐艦「長波」に乗艦、昭和19年11月11日、オルモック湾で戦死(亨年20歳)しております。
私は、養子縁組をいたしましたので姓が変わっております。実父は40年前に死亡し、以後、母、姉、兄が相次いで死亡、親族のなかでも末弟の私が生前の兄を知る唯一の者となりました。
 73期の方々のクラス会には、遺族として「準会員」に登録されております。 平成16年秋には、「卒業60周年記念・江田島大会」に参加させていただき、慰霊祭の部で遺族を代表して挨拶をさせていただきました。ま
た、関西在住の73期のクラスの方々とは、毎月昼食を共にする会合に出席しております。
 このようにクラスの方々とお会いしておりますと、亡兄を思い出し、特に戦後間もない頃、亡兄のオルモックでの戦死の状況を父母に話し仏壇にお詣りいただいた方がおられました。
 72期で、東京荻窪の原田種睦様でした。 その頃の私は、中学2年でお会いすることは出来ませんでしたが、父、母からは、何時か是非お会いしてお話を伺うようにと聞いておりました。
 以来、相当年月も経ちますが兵学校出身の方々にお会いする毎に、原田種睦様にお会いして亡兄の最後をお聞きいたしたく存じます。 原田種睦様の消息がわかれば、お教えいただきたくお願い申し上げます。
                   大阪市生野区  菰池 健
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お尋ねに対しまして、なにわ会代表の上野様より原田種睦様の連絡先をいただきましたので、早速、菰池様にご連絡いたしました。

5月16日 菰池様よりのメール
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なにわ会HP担当 原田 佳明 様
 最早や真夏日に近い毎日ですが、お変わりございませんか。
 先になにわ会会員 海兵72期の原田種睦様のご消息を教えていただき、、作日15日午後東京のご自宅で面談させていただきました。
左半身が長波轟沈の際の強烈な衝撃波による打撲傷で痺れがとれず歩行も困難な様子でした。
 しかし、ご本人は、高齢のため記憶も薄れ十分回想ができないと言われておられましたが、中々どうして、立派に思い出していただき、実兄 亀有正躬の長波での乗艦、戦死をいたしました最後の状況等、詳しくお聞きすることができました。
 昭和19年11月11日、航海士としての兄と通信士の原田種睦様は並んで戦闘配置についていたが、物量にものを言わせ雲霞の如く飛来する敵機の波乗攻撃を受け、機銃弾が兄の左腹部に命中、腹部盲管銃傷の重傷を負い、その場に崩れ落ちたので駆け寄ろうとしたが、戦闘配置のため還りみることができなかったとのことでした。
 相当長時間に亘り、少しづつ思い出しながら情況を説明していただきました。
 戦後68年も経ちますと遠い過去のものとなり、この様な激しい戦があったことを知らない者が大勢を占める世のなかで、有為な数多くの人材を失い、傷つき、幸い生還し戦後の復興に努められた全ての方々のお蔭で今日の平和で繁栄した日本があることを改めて痛感いたしました。
 私の親族でも、兄の生前を知る者は私一人で、今後とも私が供養をして参ります。
 原田種睦様宅を辞した後、靖国神社に参拝してきました。 
以上、お礼とご報告をさせていただきます。 今後共よろしくお願申し上げます。
                         菰池 健
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なにわ会ホームページに問合せメールが出せるように設定を変えて以来、多くのお問合せメールが参ります。なにわ会メンバーは高齢になりましたが、当時ともに戦った方々のご遺族から様々なお問合せがあります。ホームページを介して、少しでも皆様のお役に立てればと存じております。
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by naniwa-navy | 2013-05-17 23:41 | 報告
松原義人君の娘さんからのメール        原田佳明
なにわ会ホームページを担当しています原田佳明です。

本ブログやなにわ会ホームページは様々な方に見ていただいています。
ホームページを見ていただいた方からの問合せ・質問など様々いただいています。

先日、松原義人様の娘さんより以下のメールをいただきましたので、掲載させていただきます。


『初めてメールいたします。

母がホームに入り、いよいよ自宅を片づけることになり、父の遺品もわずかながら出てきました。
その際、もう還暦となった娘たちで処分するにあたっていろんなものを見ているうちにしばらく忘れていた父のことでここ数か月思いがいっぱいとなりました。
そこでやっとなにわ会のHPにたどりつきました。
そこでも父の姿に遭遇。感無量です。
そこで、父が亡くなりましたときに弔辞を書いてくださった方に今更ながらですが娘としてお礼を申したくその方の住所を教えていただけないでしょうか。

どうぞよろしくお願いいたします。

中村様は亡くなられておられて残念でした。
まだご存命のはずの横田敏之様の住所を知りたく思います。

父は、45分隊 松原義人と申します。』


このメールに対して、早速上野様にお知らせしたところ、横田敏之様はすでに昨年9月にお亡くなりになっていると言うことでしたので、その旨娘さんにお伝えしました。


それに対しまして、お礼のメールが届きました。


『原田様

早速のお返事ありがとうございます。
結局お二人とも亡くなられていたということでしかもおひとりは昨年、とショックでした。
残念でなりません。
存命の方々もだいぶ少なくなって、なんともやりきれません。
しかし今回こういうこと(父の遺品整理)がきっかけで時すでに遅しでしたが(父がいたころは私たちは若すぎました)でも、なにわ会のHPがあったことで父の人生を垣間見ることができたこと、本当によかったと思っています。
またなにわ会HPも新たな形で継続されていくということで私ども遺族にとってもよりどころが残されましたこと、感謝いたします。
先ほどまでブログも読みふけっておりました。
ずっと書き続けてくださった方々がおられたのだ、と感慨もひとしおです。
かつて父に連れられて学生だった私は江田島に行ったことがあります。
きっと30周年行事の時だったのでしょうか。
あのときのお仲間とお会いしたときの父の嬉しそうな表情は今も覚えています。
天国で、きっと皆様にまた会えて仲良くしていただいているのでしょうか。
そう思いたいです。

上野様にどうぞよろしくお伝えください。

追記
今回のことで、父の軍刀を遺品としてちゃんと所有したく警察への発見届とともに都庁で登録審査にかけました。もうすこしで処分となるところでしたが、鑑定士があれこれと刃を散々いじった挙句多少の温情もあってか、所有をやっと許されました。
ずっと少なくとも私が生きている間は大切にしたいと思います。

松原義人 娘 』


なにわ会メンバーは高齢になっていますが、次世代の皆さんもいろいろな形で、それぞれのメンバーの想いを引き継いでくれているような気がして、うれしく思いました。
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by naniwa-navy | 2013-05-16 11:46 | 報告
湘南歩こう会(11月15日)に参加して  上野三郎
11月15日に開催された「湘南歩こう会」に参加しました。
遅くなりましたが、その様子をホームページに掲載しました。
ご覧下さい。

「湘南歩こう会」はこちらをクリックしてください。
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by naniwa-navy | 2012-12-28 14:40 | 報告
第70回 丸の内木曜会(兵74期)に出席して 上野三郎
木曜会幹事 久保 陽(兵74期)の誘いで小生として始めて出席した。

此の会合は74期の大半が還暦を迎えた昭和60年に、丸の内界隈に勤務するクラス
が中心になり始めた昼食会で既に4四半期を経過している様だ。(この様な会合を持たない兵72期としては羨ましい限りである)特徴として毎回先輩をゲストとして迎え、色々体験等を聞き自分達の生活の糧としているのは感心な取組みである。

資料によれば今までに兵72期でゲストとして出席したのは、出席順に山根真樹生、矢田次夫、大谷友之、池田武邦、定塚脩、小林勝、山田良彦、大岡要四郎、森園良巳、小灘利春、澤本倫生、小沢尚介、左近充尚敏、飯野伴七、樋口直、坂元正一、伊藤正敬と17名参加している。(此のうち生存者は4名と聊か淋しい)

第70回は平成24年9月13日(奇数月の第2木曜日)11:30~13:30丸の内レストラン「ボールスター」にて26名の参加で行なわれた。

印象として:
1.2年若いと雰囲気は聊か活気がある。
2.我々72期に対しては兵学校生活の出発に当たり始めて接した先輩で今に至るも、特別の思いがあるようだ。
3.72期の特定の人に関する話題も多かった。小生の場合、空母天城、葛城で一緒に乗艦していた3名が参加しており、びっくりした。
4.健康談義が多いが、積極的に取り組んでいることの紹介があり、前向きである。
5.今に至るまで、旅行を計画実施しているのは羨ましい。

江鷹会談話室からの写真を次に添付する
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              挨拶の上野
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              集合写真
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by naniwa-navy | 2012-09-17 08:22 | 報告
歩こう会 上野三郎
なにわ会歩こう会の記(平成24年度第一回)
                                       上野三郎
 平成24年1月19日(木)本年最初のなにわ会歩こう会が開催された。
 参加者9名。(男子4名、女子5名)
 JR鶴見駅11:00集合。鶴見潮田神社、生麦事件資料館を訪れ、キリンビールレストランビアポートで昼食懇談後15:00解散。
 歩行数は自宅出発から帰宅時まで8,300歩。結構歩いたものだ。

 潮田神社の由来:
 第12代景行天皇の時日本武尊が東征の途中、相模から海上を上総に向かう時、征途安全、守護を祈願して潮田の地に二つの小祠を奉斎した。この小祠を正親町天皇の時大田道灌の曾孫、北条氏の寵臣大田新六郎康資が結構した。北条氏の崇敬の念が熱かった。
 今でも地域で崇敬の念が強く、例大祭には神輿が練り出され鶴見地区最大の神事が行なわれている。
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向かって左より高田、幸田、上野、品川夫人、深尾、伊藤夫人、村上夫人、深尾夫人
(藤井夫人は写真には欠)
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by naniwa-navy | 2012-01-20 06:16 | 報告
東京なにわ会
 昨年に引き続き、今年も上野三郎君のアレンジで11月15日 なにわ会東京クラス会が1300から1530まで、アルカディア市ヶ谷で実施された。今回は出席予定28名だったが、都合により泉 五郎君と池田武邦君が欠席され、26名が集った。
会は村山 隆君の司会により次のとおり行われた。
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最初に軍艦器に敬礼、次いで上野三郎君が幹事として挨拶、次いで、戦没者及び戦後物故者に黙祷を捧げた後、伊藤編集長から連絡事項として次の話があった。
1 海軍兵学校各クラスのクラス会の情況の要約
a 71期以前クラス  殆ど解散
b 74期 21年解散    c 75期 24年解散予定
d 76期 26年解散予定  e 78期27年解散予定
f 73期・77期 検討中
 上記のとおり、概ね87歳までにクラス会の活動を終るところが多い。
2 24年度なにわ会だよりの連絡費の納入状況
  会員    兵62 機9 主5 会友3 計79
 物故者遺族 兵26 機1 主2 会友2 計31
  戦没者遺族 兵41 機1        計42
  有志5  総計157 
3 来年は卆寿(数え歳90)となるし、上記のとおり連絡報の希望会員が思ったより少ないので、なにわ会だよりは来年の第6号・第7号をもって終りとしてはどうかと提案した。
これに対し、司会者村山君が意見を徴したところ、反対意見なく、全員の拍手で賛同を得た。
4 ただし、HPとブログは出来るだけ続けていく。

 次に高松君の音頭で乾杯、懇談に入った。
 そして最後に村山 隆君配布の軍歌集で、まず、江田島健児のうた、次に海軍機関学校校歌、海軍経理学校校歌を合唱、さらに相澤善三郎君の音頭で軍歌 艦船勤務・如何に狂風・広瀬中佐・ラバウル航空隊・海軍小唄・軍艦行進曲を合唱、その途中で特別参加の鴋沢様の独唱も入り大いに盛り上がった。
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 予定の3時半に盛会のうちにお開きになった。
 参加者は次の26名であった。
  相澤善三郎、旭  輝雄、足立 英夫、伊藤 正敬、上野 三郎、
  大槻 敏直、小林  勝、左近允尚敏、新庄  浩、高松 道雄、
  都竹 卓郎、平川  進、松下 太郎、山下  誠、山田  穣、
  若松 禄郎、金枝 健三、齋藤 義衛、野崎 貞雄、村山  隆、
  室井  正、窪添 龍輝、高田 俊彦、深尾 秀文、藤瀬 韶国、
  鴋沢  孝(野崎友人特別参加)
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by naniwa-navy | 2011-11-15 20:45 | 報告
5月度なにわ会歩こう会の記       上野三郎
平成23年5月15日(日)11;00小田急線本厚木駅集合で実施された。
行く先;あつぎつつじの丘公園
参加者;写真の9名(撮影は高田)
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後列 左より 上野、椎原、深尾、幸田、高田
前列 左より 品川夫人、深尾夫人、椎原夫人、伊藤夫人

 5月12日(木)の予定が雨の為、5月15日(日)に延期された。幸いにも当日は快晴、最高気温も22度、爽やかな風に恵まれての絶好の行楽日和となり、新緑の中、新鮮な空気を胸一杯呼吸し、初夏の気分を満喫した。
 肝心のつつじの花は見頃が4月下旬から5月上旬とあって遅きに失したが、未だ遅まきの花が残っており、満開の時は如何ばかりであったろうかと想像を巡らした。
 此の公園は神奈川県下の10公園の一つに数えられるだけあってよく整備され見ごたえのある公園だ。つつじは5,000本以上が植えられており、又神奈川県の各都市、町から各地ゆかりの名木が寄贈されている状況が顕彰碑に刻まれている。
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   僅かに花が残る公園内

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   遊水池を眺める一行

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   区画毎種類の異なったつつじ群

本厚木に戻り、遅まきの昼食で歓談し、歩かない歩こう会(それでも万歩計では5,000歩)も14:30散会となった。
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by naniwa-navy | 2011-05-16 21:20 | 報告

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