なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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猪口 智君のこと
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購読会員のブログに次の記事がありましたので転載します。
杉野計雄さんは大正10年生まれの戦闘機乗りで、丙3期出身。
杉野さんの手記ですが、この中に「猪口智中尉」という人が出てきます。
お父さんも海軍、おじさんも海軍、自身も兵学校の72期を卒業した戦闘機乗りです。
杉野さんは634空時代、フィリピンで猪口中尉と一緒でした。
昭和19年10月24日、杉野さんは空戦が終わって引き上げる時、傷ついた戦艦武蔵を上空から見かけます。杉野さんが見かけたときは異様な航跡ながらも、まだ単艦で航行していたということですが、ご存知のように敵の集中攻撃を一手に引き受けた武蔵はこのあとシブヤン海の海の底深くに沈んでしまいました。
大和と違い、あまり武蔵のことは話題になりませんが、この武蔵の猪口敏平艦長が猪口智中尉のお父さんなのです。猪口艦長もこのとき、艦と運命を共にしました。
武蔵の傷ついた姿を目撃した杉野さんは帰投してからそのことを報告したらしいのですが、そのときはまだ猪口中尉は出撃から帰っておらず、そのことを知らせずに済んだのが何よりの救いであったと杉野さんは回想しています。
でも、そんなこと、いつまでも隠し通せるものではありません。
11月2日。 杉野さんは出撃したものの被弾し、クラークまで帰れないと判断してセブに緊急着陸しました。 指揮所で報告し、汗を拭いていたら、ひょっこりと猪口中尉が現れ、 「先任搭乗員!」 と声をかけてきたそうです。
「ああ、セブに降りていたのですか」
猪口中尉も、攻撃に出て被弾し、セブに降りていて、たまたま一緒になったようです。
しばらくして、そこに猪口力平航空参謀が姿を現わしました。
この人は猪口艦長の弟、つまり、智中尉のおじさんです。神風特攻隊にも深くかかわった人です。 杉野さんを手招きし、二人で外に出ました。 「智が『武蔵』の沈没を知り、興奮している。昨夜話し合ったが、先任、よろしく頼む」 と猪口参謀に言われたそうです。
実は杉野さんにとって猪口中尉はただ単に隊の上官、というだけの人ではなかったのです。
まだ内地にいる頃の話ですが、9月に戦闘機教程を卒業して実施部隊に配属されてきた猪口中尉(もう一人、同期の赤井賢行中尉)に空戦指導をしたのが先任搭乗員だった杉野さんだったのです。 「この二人は、私を見ると、遠慮がちに、空戦に射撃に『お願いします』といっては訓練に励み、ますます技倆は向上していった」 と当時のことを回想しています。
ですから、上官であるとともに教え子でもあり、特に気にかかる存在であったのでしょう。
猪口参謀が杉野さんに何を「頼んだ」のか、この手記からは具体的にはわからないのですが、猪口中尉が暴走しないように見ておいてくれ、と頼んだのか、武蔵の最後を話してやってほしいと頼んだのか・・・・。
でも杉野さんは武蔵の最後の姿を見ていながら、猪口中尉の苦悶する姿に、どうしても話してやれなかったそうです。
そして翌日、11月3日。
杉野さんは出撃する機を見送るために指揮所に向かって歩いている時、傘帯をつけた中尉が列線に走って行く後ろ姿を見つけます。 見覚えのある後ろ姿は、猪口中尉でした。 この日、猪口中尉に出撃の予定はなかったようです。杉野さんが何事だろうと思って見ていると、エンジンもかかっている準備済みの零戦に駆け寄り、すでに搭乗している搭乗員を降ろして乗り込んでしまいました。 猪口中尉に下ろされた搭乗員は指揮所に戻ってきて、中尉の人に降りろと命じられたと報告したそうです。 猪口中尉はそのまま出撃し、戻ってきませんでした。
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by naniwa-navy | 2008-03-31 19:45 | お知らせ
日記3月31日幹事会
今日は年度幹事の打ち合わせ会(6月の慰霊祭について)に要請されて参加しました。
左近允尚敏,中井末一,上野三郎,野崎貞雄,高杉敏夫の諸君と私の6名が集りました。
近く往復はがきで案内状を出します。概ね昨年どおりですが,昨年は全員の席を指定しましたが,今年はなにわ会として最後の慰霊祭でもあり,ご遺族だけは席を指定するが,その他は各人の希望の席にしようということになりました。
なお,従来生存者,ご遺族という用語を使用していましたが,これからは,生存者の代りに会員,ご遺族の代わりに遺族会員にしたらと言う意見があり総員の賛成がありました。
したがって,今後は,会員,遺族会員,購読会員に区分したいと思います。

記念誌については,経費の問題,希望の有無の確認も必要だから,99号のなにわ会ニュースの中に書き込んで会員には全員配布,遺族会員には希望を返事してもらう葉書を同封して希望数を確認したらどうかと言う事になりました。そして会員には10000円,遺族会員の希望者には5000円負担してもらう事にしてはということになりました。
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by naniwa-navy | 2008-03-31 18:56 | 日記
機53期の生存者の現状
機55期(たんご会)のHPにあった機53期の現状です。
(53期村山隆君提供H20.03.01現在)
 生存者(24名); ○年齢相応のカタ 
           ×行動制限あり      
 {分隊}
 1   岩間正春○  村山 隆○  吉本信夫×
 2   森川恭男×
 3   蔵元正浩×  椎野 廣○
 4
 5   片山 勇×
 6
 7   安陪 達×
 8   山下武男×
 9   金枝健三○  三澤 禎×
10   阿部順男×  上田 敦×  加藤種男×  
     野崎貞雄○
11   小田正三○
12   上野三郎○  海原文雄×
13   安藤 満 ×  松田 清 ×
14   佐丸幹男×
15
16   室井 正 ○
17
18
19   宇都宮安男×
20   斉藤義衛×
          
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by naniwa-navy | 2008-03-31 11:12 | お知らせ
日記3月30日 江鷹344号
74期の会報「江鷹」344号を頂きました。来年21年12月1日に最後の江鷹会全国大会を開催しますが,最後の買いとなるので,全国からの参加を呼びかけている。そして海上自衛隊音楽隊の演奏,総会,懇親会,靖國会神社参拝が計画されている。
全国幹事会報告として次が掲載されている。
1 会員数 会員549名(20.3.1現在) 18年末580名 19年末555名 1年間の減少25名
2 19年決算報告 20年予算
その中から主なもの(概算) 
会報作成費 109万円 同発送費16万 IT事業費15万円 事務所使用料「水交会)24万 会議費10万円 交通費14万4千円 (以上実績)
名簿作成費165万円 IT事業費160万(HP印刷配布) 全国幹事会費103万6千円 会報作成費108万円 会報発送費116万8千円 慶弔費91万5千円
以上ご参考まで
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by naniwa-navy | 2008-03-30 17:40 | 日記
日記3月29日湘南歩こう会
幸田正仁君企画の湘南歩こう会の桜花見が横浜の根岸森林公園(横浜競馬場跡)で行なわれ,10名が参加されました。今日は上野三郎君が欠席のため伊藤節子が写した写真を掲載します。
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参加したのは↓の写真の10名です。
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左から深尾秀文,幸田正仁,小松崎夫人,中井末一,深尾夫人,伊藤夫人,浦本 生,村上夫人,品川夫人,加藤夫人です。
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↑の写真のうしろに見える建物は旧競馬場の建物です。
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by naniwa-navy | 2008-03-29 18:55 | 日記
日記3月28日
左近允尚敏君から第18回パインなにわ会のご案内を頂きました。
要旨は次のとおりです。(ご参考まで)
日 時:4月22日(火)1500から
場 所:パインの遊雅亭
    横須賀市米が浜通り (046-823-1514)
会 費:9000円
その他:出席回答後ご都合悪くなった場合は、4月19日までは左近允、20日以後は遊雅亭に
電話して下さい。

先日春日美智子様に送った池田武邦君のテレビ放映を取り込んDVDを春日さんから返却してもらいました。春日さんは残念ながら見れなかったそうです。私が再度見ましたら綺麗にみれました。DVDを見れるパソコンを持っておられる方で見たい方ご連絡下さい。お送りします。
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by naniwa-navy | 2008-03-28 21:16 | 日記
日記3月27日
「潜水艦戦に散った期友に捧ぐ」を修正して山田穰君に送り校正をお願いしました。

金沢の小灘君の3女の伊藤伸子様方から先日送った校正のうち2つ戻ってきました。最3つ目の回天の記事,数字を直して再度送りました。

1号5分隊の故前田政夫君のご遺族(姉)山崎文子様が昨年(19年)10月3日90歳で天寿を全うされたと長女の寺崎友紀子様から知らせていただきました。99号で名簿訂正します。

73期の代表幹事小松荘亮花氏からなにわ会ニュース98号の礼状を頂きました。
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by naniwa-navy | 2008-03-27 11:17 | 日記
なにわ会ニュースに感動
なにわ会ニュース98号ですが、発刊前に、父の載っている部分だけをダウンロードして満中陰に親戚や近所に配ったのですが、是非「なにわ会ニュース98号」本体を読みたいとおっしゃる方が多くいらっしゃいました。
それでお願いし「なにわ会ニュース98号」を追加でいただくことになりました。

なにわ会ニュースに感動して下さったお一人は、父の故郷でもある丹後の菩提寺の和尚さんです。
父は大学を卒業する直前に体を壊し、体慣らしに峰山高校の化学の教員をしていたのですが、その時の教え子に菩提寺の和尚さんがおられました。
和尚さんは「春日先生は背が高く、いつも背筋をシャンと伸ばして颯爽と歩いておられ、さすがは海軍さん、なんてスマートなんだ。将校だった人は違うなぁ。」と思って憧れて見ていたそうです。

当時は、元軍人が教員になるのも制限されたそうで、叔父が町長だったから特別に教員になれたのかもしれない、という話でした。
そういう時代もあったのですね。
大学入学も海兵、陸士は制限されたと聞きます。

それから元予科練だった近所の方で海軍を尊敬している方からも、なにわ会ニュースを読みたいと希望がありました。
こんなにも、みな様から海軍が尊敬され慕われていたと改めて知りました。

春日の長女
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by naniwa-navy | 2008-03-26 23:14 | 日記
日記3月26日
この前,春日美智子拝から送ってもらった故春日仁君の写真が入っていたケースが見つからずに困っていました。今日慰霊祭関係の書類を捜していたら,大事にしまってあるのを発見,早速返送しました。

これと同じような事ですが,故押本直正君から引き継いだ「機関科会員の写真集」が見当たらず,半年ばかり探していました。これも大事にしまってあったのを発見しました。

機関科の上野三郎君から年会費が未納になっていると思うのでと1万円送ってきました。早速なにわ会の銀行口座に振込みました。

春日美智子様から,98号もう3部欲しいとメールが来ました。明日送ります。
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by naniwa-navy | 2008-03-26 22:22 | 日記
日記3月25日
今日は20年1月と2月のブログを纏めてHPにとりこみました。だだ,写真はうまく取り込めないので削除しました。
年度代表幹事の左近允尚敏君から3月31日1400から慰霊祭の打ち合わせ幹事会をやるので出席の要請がありました。
また,先日の石隈教官の1周忌に出席されてみえた65期の萩原先輩は,HPで調べたら,我々が2学年時の54分隊(大谷友之,川嶋清 生存),3学年時の46分隊(畊野篤郎,豊廣稔,中林正彦,林藤太 生存)の分隊幹事でした。大谷友之君がブログを見て懐かしいと電話がありました。
山根眞樹生君から,今度の記念誌に入れる彼の個人写真を送ってもらいました。その写真を記事に取り込み,印刷して送り校正をお願いしました。
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by naniwa-navy | 2008-03-25 22:18 | 日記

by naniwa-navy
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