なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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日記8月30日 HPの修正
引き続き次のHPを修正しました。
1 ブーゲンビル島沖の航空戦(瑞鳳に関する桂君の記事)
2 香取の最後(飯田)
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by naniwa-navy | 2008-08-30 11:48 | 日記
日記8月29日 ニュース到着 74期会報受領
ニュース99号は27日発送,早い所は28日に届き,29日に大体届いたようです。火曜日になっても届かない方はお知らせ下さい。

74期の会報 「江鷹」20年9月号を頂きました。今年の12月に全国幹事会を開いて「会の組織的活動の終結と本会の解散, 本会の諸事業の停止, 解散後の残務処理 全国大会の計画概案}等について審議するようです。
この会報で特に目についたのが訃報の多いことです。このクラスの会報は毎月発行されているのに今回は次の9名の方の訃報がありました。
1 平岡 靖惇君 4月24日没  2 松田  健君 6月13日没
3 柏木 宏之君 6月23日没  4 前野東一郎君 6月27日没
5 及川   博君 6月27日没  6 赤石 忠夫君 7月 9日没
7 今井   明君 7月13日没  8 辻    剛君 7月14日没
9 赤津 敬介君 7月16日没

ちなみに8月号は0  7月号も0  6月号は6名  5月号は1名,4月号は4名  3月号は0  2月号は3名  1月号は0で今年のなって総計23名が亡くなっていました。現在員530名。
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by naniwa-navy | 2008-08-29 20:51 | 日記
KNSの写真
桂 理平君から「比島沖海戦における小沢艦隊(囮部隊)の戦闘という小冊子(B5版24頁)をいただきました。これはKNS会(京都ネイビイ・セブンティ会)の方にに読んでいただきたく作成されたもので,最後の 「あとがき』 1 表紙に使った写真の説明 2 末尾に掲載したレイテ海戦の作戦図面の説明 3 日本ニュース第232号のフイルムは幸運にも生還した 4 お礼を一言 以外はなにわ会ニュース99号に掲載したものと殆ど同じである。
次は平成19年12月2日のKNS忘年懇親会の写真である。
c0130833_20391630.jpg

最前列左から5番目 加藤種男(機53) 6番目 小西愛明(兵72期) 7番目 桂理平(兵72期) 8番目 浅子義信先輩(兵71期)です。
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by naniwa-navy | 2008-08-28 20:51 | 写真
なにわ会ニュース99号
c0130833_1233342.jpg

99号完成発送しました。
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by naniwa-navy | 2008-08-28 12:33 | 報告
日記8月28日 HPの修正 76期会報受領
HPの字が小さく,行間も狭くて見難いので,逐次修正していきます。ついでに関連写真を入れます。今まで次の頁を修正しました。比島沖海戦(池田武邦)・栗田艦隊の反転(左近允尚敏)・野分の最後〈都竹卓郎)・雪風〈中垣)・矢矧〈池田武邦)・梨(左近允尚敏)・かや(濱田秋朗)・鬼怒〈水野行夫)・天津風(山本奮)

76期の会報「生徒館」124号をいただきました。76期は今年11月11日横浜で全国総会・懇親会を実施される。,
クラス会として,25年まで年1回の総会,年2回の会報発行,会員名簿の常時整備,期友の動向把握と関係者への連絡に勤め,その資金として5年間で1万円づつの納入を提案している。
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by naniwa-navy | 2008-08-28 11:50 | 日記
日記8月27日なにわ会ニュース99号
なにわ会ニュース99号の印刷完了,昨日クロネコ宅急便で発送されました。今度の会報の中に「振込み表」が同封されています。(年会費21年度分を先払いしている方には入れていません)会員(生存者)は総員,ご遺族の方は,21年以降も情報を希望される方は記載金額を振り込んでください。年会費が未納になっている方は未納の分もよろしくお願いします。

宅急便の所要日数を把握したいので,到着したら一言メールか電話いただけると有り難いです。
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by naniwa-navy | 2008-08-27 22:20 | 日記
日記8月26日70期だより
70期だより(H20.8)をいただきました。来年以降のなにわ会の情報伝達の資料として参考にしたいと思いますので要旨を転記します。(全10頁)

海軍兵学校連合クラス会全国大会の回顧(4頁)

報告事項
1 荒木政臣教官の奥様のお便りについて
2 海軍兵学校連合クラス会第8回全国大会について
概要と祭文(三浦先輩が読まれたもの)を掲載
祭文はニュース99号に掲載

これから行事案内
第6回靖國神社永代神楽祭
11月15日(土)1400から
参加希望者は「永代神楽祭参加申込み票」に所要事項を記入,三浦代表幹事あて送付してくださいと書かれている。
なお,直会を神楽祭に引き続き靖國会館偕行の間で行う。(会費2000円)

訃報
伊藤治義君 H20.7.3没

名簿訂正表 H20.8.1現在
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by naniwa-navy | 2008-08-26 17:59 | 日記
日記8月25日 伊366潜
特四号を自認されている田島明朗氏から次のメールを頂きました。
「本日潜水艦教育訓練隊(研究室長安藤2佐)より電話あり『ニュース72号に掲載されて居る角田氏のイ366の記事を〔潜水艦の友〕に転載したい、ご本人の了解を頂きたいので住所シラ』との事。これに対し『ご本人永眠、ご家族を煩わすよりニュース記事の転載は編集長裁量事項』と返事致しました、従って同人より伊藤様に電話が有るはず、宜敷ネガ〓尚『潜水艦の友』は海自潜水艦部隊向けに潜訓隊が年2回発行する部内誌で、此迄に山田穣、小灘利春氏の論文を掲載しました。」
この記事はHPにも取り込んであり,転載差し支えなしと返事しました。このように活用されることは本当に嬉しい次第です。
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by naniwa-navy | 2008-08-25 17:32 | 日記
日記8月24日 HP
なにわ会HPには沢山の記事を取り込んでいますが,誤字・脱字があり,また,字が小さくて行間も狭くて読みずらいので,順に修正しています。今までに戦記のうち62個の記事をチェックし修正しました。
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by naniwa-navy | 2008-08-24 21:39 | 日記
日記8月21日 柿崎実君
2008年08月21日 17時15分08秒 書き込まれた購読会員Aさんのブログhttp://papamama.asablo.jp/blog/を転載します。

柿崎 実中尉#IMAGE|c0130833_2055157.jpg|200808/22/33/|mid|500|375#]
大正11年8月3日生まれ、山形県酒田中学出身。 海軍兵学校72期。
昭和18年9月、兵学校卒業と同時に「瑞鶴」乗り組み。
1年後の19年9月、人間魚雷「回天」の搭乗員として大津島へ。
19年12月21日 金剛隊として出撃 突入の機会なく帰還
20年 3月 2日 神武隊として出撃 作戦変更により帰還
20年 3月28日 多々良隊として出撃 敵の攻撃により損傷(回天が?母潜水艦が?)、帰還
20年 5月 2日 天武隊として出撃 沖縄東方海域で突入戦死

柿崎中尉の人柄や出撃前の様子など、詳細はなにわ会のHPに譲りますが・・・・。
22歳の若者が、どうしてこうも過酷な運命を背負ってしまったのか。
一人の人間に4度も特攻に行かせるその神経とはいったいどんなものなのでしょうか。
19年9月に回天搭乗が決まってから、20年5月に散華するまでの8ヶ月間、彼に心の休まる時間はあったのだろうかと、胸が痛みます。
「敵に勝つには、自分に勝たなければいけない」―こんなことばを残して行った特攻隊員がいたそうですが、柿崎中尉の8か月を見ていると、このことばが切実に胸に迫ってきます。
彼は兵学校2学年時、37分隊で第9銀河隊の深井良中尉と同じ分隊でした。
深井中尉のことを調べているときに、同分隊だった方たちの経歴も調べました。その過程で、この柿崎中尉の壮絶な特攻体験を知ったのです。
(上の写真は深井中尉の甥御さんの深井紳一さんに提供していただいたものです。)
特攻待機している間、彼に、少しでも心休まる時間はあったのか・・・・。そのことが引っかかっていました。
たまたま本屋で立ち読みした『回天の群像』という本に、柿崎中尉の名前が出ていました。
鹿児島知覧の陸軍航空特攻の隊員たちのお世話をした鳥浜トメさんという有名な方がいます。「特攻の母」として映画にもなっているのでご存じの方も多いと思います。
海軍の回天基地の近くにも、トメさんのような女性がいました。 士官用の高級割烹料亭「松政」で働いていた倉重アサコさん。おシゲさんと呼ばれていました。当時、30代後半。
隊員たちからお母さんのように慕われていました。
本によると、最後の出撃の前、柿崎中尉は部下の横田寛一飛曹をつれて「松政」にやってきました。 そこで柿崎中尉は横田兵曹をこう紹介しました。
「母ちゃん、この男はね、今度、おれと一緒に行くことになったやんちゃ坊主だ。小さい時、おふくろが死んでね。だから、母ちゃん、今日一日でいいから、こいつのおふくろになってやってくれんかな」
おシゲさんは、「はいはい」 と返事をし、そのあと、3人で酒を飲んだそうです。
しばらく飲むうちに柿崎中尉が酔って、おシゲさんの膝枕でうたた寝を始めてしまったとか。
「みんな、かわいいのよ。柿崎さんはいつもこうなの。いい人でしょう」
おシゲさんはそう言いながら、柿崎中尉の軍服と靴下を脱がせ、雑巾で足を丁寧に拭き始めた・・・・その様子に胸を突かれた―と生き残った横田兵曹が回想しているそうです。
「こいつのおふくろになってやってくれんかな」 と言いながら、自分が甘えてしまっている柿崎中尉。 なんだか、もう、心中、想像しただけで涙が出てきてしまいます。
柿崎中尉がおシゲさんに残した遺書―。
「おしげさん、母のような気がしてなりません。抱いて下さったときは感無量でした。誰にも負けず、しっかりやります。子供共も一騎当千のつわものぞろいです。私は幸福者です」
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by naniwa-navy | 2008-08-22 20:55 | 日記

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