なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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日記 6月30日 なにわ会だより
9月15日に「なにわ会ニュース」に引き継いで会員に情報を配布する「なにわ会だより」を纏め始めました。
何か掲載すべきものお持ちの方は至急送ってください。
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by naniwa-navy | 2009-06-30 22:42 | 日記
日記 6月29日 72期の想い出アルバム


次をクリックすると海軍兵学校の第七十二期の想い出のアルバムの写真が出てきます。
http://www2.odn.ne.jp/~cds02940/kaigun1shikiratsukasan.html
c0130833_7193242.jpg


出てこない時は、キーワード「ODN 海軍一式落下傘」で検索し、ダイレクトにアクセス。あるいは「軍医少尉の資料館」で検索し、海軍資料に行くとページが出てきます。
というコメント戴きまいた。試して下さい。

その中に次の記述があります。
『【江田島海軍兵学校・第七十ニ期の想い出】
海軍兵学校七十ニ期は,昭和十八年の卒業で,その時の校長は井上成美でした。卒業生625名のうち300名以上が戦死されておられます。又同期に東郷平八郎の孫の東郷良一候補生(第四十ニ分隊)がいたことでもよく知られています。分隊ごとの全員の写真と氏名が記載されています。貴重な資料です。』
(いろんな資料が出てきますが最初の頁の最後の方に沢山写真出ています。)
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by naniwa-navy | 2009-06-29 07:08 | 日記
日記 6月28日 動画 74期会報
次の動画を見つけたので紹介します。
海軍兵学校姓名申告
http://www.youtube.com/watch?v=gcu4ZP5qTKQ
連合艦隊
http://www.youtube.com/watch?v=ol23UipRDuc&feature=related
(その1~15まである)
そのほか軍歌をはじめ、レイテ沖海戦、零戦燃ゆ、特攻隊等の海軍、海上自衛隊関係動画がリンクされている。

74期会報「江鷹」359号を頂きました。
今年12月に行われる最後の大会と「江鷹会基金」について書かれています。
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by naniwa-navy | 2009-06-28 17:19 | 日記
日記 6月27日 北植、石井、佐伯3君の最後
21年6月26日に書いた北植、石井、佐伯3君の最後について

北植武男(兵)君の最後については齊田元春(機)君の記事がありましたので抜粋します。
北植君は九〇式機上練習機の墜落事故で殉職されました。その時の状況は次のとおりです。
『偵察学生訓練が開始されてから、丁度40日目、忘れもせぬ昭和18年12月18日午後、飛行作業として変針航法訓練を行なうために、九〇式機上練習機1機、その後席作業室に候補生2名(北植武男(兵)齊田元春(機))偵察教官を乗せて離陸した。
当日の訓練は、学生にとっては、初めての変針航法作業であり、訓練主務者として私の順番となって、飛行高度500米、鉾田ー玉造ー小川町の変針コースで飛行する予定であった。練習機は所定高度を取り、鉾田を出た。
玉造上空で、変針を下命した後、次の作業準備に入った直後、機体が急激な右旋回急降下に入った模様、途端に偵察教官が私に落下傘の「フック」を装着、「飛び降りろ」と命じた。瞬間的に「教官、何を慌てているんだ」と思った程、私も状況を飲み込んでいなかった。
同時に、高度計を見た。指度は落ちるばかり、180米、「教官、高度ありません」と言ったまで記憶、瞬間的に私を見上げた北植武男候補生のけげんな顔、教官の横顔、広い湖面がはげしく揺れながら迫って来る感じ、高度計80米位であとの意識が消えている。ふと気が付くと、「誰か偉い人(原中将)が私の顔を見下して、何かを話しているようだった」といった断片的な記憶があった。
「偵察教官即死、北植候補生頭部打傷重傷・2時間後死亡、斉田候補生全身打撲・意識不明、操縦員頭部打傷・重傷」 の状態であって、私は完全に3日間人事不省であり、しかも腰骨まわりの痛みを訴えていたということであった。
原因は、人的ミスによる操縦系統の故障のため、高度500米から略々3旋回で湖面に激突したとのことであった。エンジン脱落、右翼折損、車輪後方に離散の上、機体は霞ケ浦湖に水没の状態のところ、運よく付近操業中の漁師によって水中から救助されたとのことであった。
私は、右旋回降下中、作業室右前方にある作業台右隅に位置し、航空図板を腹部にあてた形で、机と直角に庄着した姿勢で湖面に激突した為、最初の衝撃は緩衝され、反動による打撲は腰部で受けとめたので、幸に命を取り止めた模様であった。
斯くして、昭和19年の新年は百里原航空隊の病室で一人迎えることとなったが、多くの同僚の見舞いや励ましに支えられ、同年2月の中旬頃から再び飛行作業に入ることが出来た。この時の打撲による腰部の鈍痛やしびれ感は、容易にとれないので、長い間、相当に悩まされたが、命と引き換えであったと考えれば、贅沢な事は言えない。)齊田元春君は平成8年病死されています。

石井勝信(機)君は昭和19年1月11日、第53期生の最初の戦死者として、ペナン沖において球磨で散華した。齊田元春君は、第53期生として出した最初の戦死者であっただけに、強烈な印象が今なお私の胸裏に残っていると書いている。

佐伯伝蔵(主)君は昭和19年2月17軽巡洋艦 那珂 がトラック島北(西方という説もある)で航空母艦「バンカー・ヒル」(USS Bunker Hill, CV-17)および「カウペンス」(USS Cowpens, CV-25)艦載機部隊による攻撃を受けて沈没した際、同艦と運命を共にした海軍経理学校33期戦死第1号である。
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by naniwa-navy | 2009-06-28 10:01 | 日記
日記 6月26日 永代神楽祭関連記事の訂正
6月24日に書いた記事のうち、 2 「祝詞では次のように述べてもらうように申しいれます。」の次の文章を次のように訂正します。
 「海軍兵学校第72期北植武男の命ほか334柱、海軍機関学校第53期石井勝信の命ほか56柱、海軍経理学校第33期佐伯伝蔵の命ほか19柱等・・・」
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by naniwa-navy | 2009-06-26 20:11 | 日記
日記 6月25日
ご遺族のOさんから要旨次のメールをいただきました。
「反省会で良い案が出されて、早速神社に交渉して下さり有難うございました。
一番先に戦死なさった方のお名前を読み上げて戴くのは良い考えと思いました。さすがなにわ会と感服しています。来年の6月4日きっとお参りさせていただきます。
63分隊の写真に兄がいました。私の記憶の中のそのままの兄です。今にも語りかけてくれるようでこみ上げる涙を抑えられません・
毎日H,Pを開けてブログを見るのを日課にしています。」

昨日書いたブログについて早速I会員からご意見を頂きました。貴重な意見で早速検討します。
このように、反応があると毎日ブログを書く気持になって嬉しいです。

なお、使用する用語について次の様に致しますのでご了承下さい。
会員(なにわ会の卒業生のうち生存している者)
遺族会員(戦没者、戦後物故者のご遺族。要する時は前者を戦没遺族会員、後者を物故遺族会員とする。)
有志会員(従来購読会員等の用語を使っていた者で、なにわ会の会員、遺族以外で、なにわ会に関心があって年会費を支払っている方)
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by naniwa-navy | 2009-06-25 07:00 | 日記
日記 6月24日 永代神楽祭反省会
今日1330から昨日書いた7名が集って反省会を行いました。
その結果については9月のなにわ会だよりでお知らせしますが主なことだけお知らせします。
1 期日の変更 6月1日は海兵71期と重なり、多数となるので、その付近で少ない日を当たった結果、6月4日に変更してもらうことにしました。
(全部で110名までなら、総員拝殿で参拝可能)
2 祝詞では次のように述べてもらうように申しいれます。
 「海軍兵学校第72関根利彦の命、海軍機関学校第53期石井勝信の命、海軍経理学校第33佐伯伝蔵の命以下412柱の命等・・・」

ここは次のように変更します
「海軍兵学校第72期北植武男の命ほか334柱、海軍機関学校第53期石井勝信の命ほか56柱、海軍経理学校第33期佐伯伝蔵の命ほか19柱等・・・」

(この3名は各学校の戦没第1号の命です)

3 懇親会の会場が狭くて動きもままならなかったのは、設定に当たった左近允尚敏君の見積もりのミスで狭い部屋を予約したためで、次回からはもっと広い部屋を申し込みます。
4 出欠については、来年3月のなにわ会だよりに出欠通知の葉書を同封して確認します。
5 出席者の会費については今年と同じとします。(参拝のみ 無料、懇親会参加2000円)

なお、期日の変更、祝詞については先日左近允尚敏君が靖國神社と打ち合せして了解が得られています。

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by naniwa-navy | 2009-06-24 20:31 | 日記
日記 6月23日 永代神楽祭反省会
左近允尚敏君の提案で明24日午後、左近允尚敏、上野三郎、中井末一、伊藤正敬、村山 隆、窪添龍輝、高杉敏夫の7君が集って、先日の永代神楽祭の反省会を行います。その結果はブログでお知らせするつもりです。
頂いたご意見は資料として纏めて、参加者に配布します。なお、左近允、上野、窪添、高杉の4君にはメールで送りました。
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by naniwa-navy | 2009-06-23 20:14 | 日記
日記 6月22日 57分隊写真
57分隊の写真ですが、写真の配置とアルバムの名前の配置が全くあいません。このことについて、お尋ねしたところ、堀剣二郎君がアルバムで確認して電話をくれました。アルバムのとおりだそうです。
ただ、、名前の配置がおかしいので訂正しました。
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by naniwa-navy | 2009-06-22 17:17 | 日記
日記 6月21日 分隊写真訂正 77期会報
購読会員の方から河合不死夫さんの写真が違うとコメントを頂き、その写真に掲載されている奥山寿一君に確かめたところ37分隊iと45分隊が入れ替わっていることが分かりました。
さらに、疑問を調査して、39,40,44,46分隊を訂正しました。これで大丈夫と思いますが、間違いに気がついた方ぜひお知らせください。
77期の会報「江田島89号」を頂きました。48頁の冊子です。このクラスは年会費の徴収を止めた為クラス会基金が不足し、今後の運営に支障ありということで、寄付金を求めたところ、多数の会員から寄付を頂き、後4年、85歳まで会の活動を続けられる見通しが出来たと報告されている。
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by naniwa-navy | 2009-06-21 11:46 | 日記

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