なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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5月歩こう会    上野三郎
平成22年5月27日(木)~28日(金)1泊2日の日程で、行き先は埼玉県長瀞町及び秩父市、参加者12名
宿泊はナチュラルファームシティ農園ホテル(長い名前だが)
1日目:JR上野駅に集合、熊谷で秩父鉄道に乗り換え長瀞駅で下車。昨夜の大雨(秩父地区)で荒川が増水長瀞ライン下りは中止と残念。川岸の岩石園にて弁当を広げ久し振りに戸外での食事を楽しむ。
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この船で船下りをする予定だったが濁流の為中止 
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船下りの荒川沿いで歓談する一行(背景は岩石園)

国指定重要文化財旧新井家住宅及び郷土資料館
養蚕農家の姿を伺うことが出来た。又隣接の郷土資料館には「民具」「遺跡出土品」「機織(はたおり)」の3つのコーナーが設けられ、この地区の縄文時代から営々と過ごしてきた生活の状況(山仕事、炭焼き、漁労、養蚕、機織等)が伺われ参考になった。
宝登山神社
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宝登山神社奥の院
ヤマトタケルの尊 東征に関わる神社だ。
ロープウエーで宝登山(497m)に登ると駅から10分の歩行で宝登山神社奥の院に達する。
宝登山よりの眺めは素晴らしい。長瀞方面、秩父方面が一望される。 
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 宝登山より秩父盆地を望む(正面武甲山)

長瀞駅より秩父鉄道にて秩父駅に移動、ホテルバスにて今日の宿泊場所農園ホテルに投宿。名前の通り秩父盆地を眺める高台にあり、反対側は農園に連なっており、鄙びた環境だ。ホテル部屋よりの夜景は素晴らしい。

2日目:ホテル発10:00
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左より 前列 
高田、藤井夫人、中井夫人、伊藤夫人、品川夫人、村上夫人、幸田、上野
後列 深尾夫人、小松崎夫人、深尾、中井
 ホテルバスにて秩父駅に。買物後歩行で近くの秩父神社へ。秩父神社は延喜式に記載の古い地元の信仰の厚い神社だ。彫刻は見事だ、左甚五郎作と言われるつなぎ龍も見事だ。
秩父まつり会館。日本三大曳山祭(京都祇園、飛騨高山、秩父夜祭)として有名な秩父夜祭に関する資料を展示、映像で紹介。豪華な屋台、傘鉾の展示を中心に、秩父の山並みをバックにして夜空を彩る花火を上げるワイドな映写コーナーは楽しめた。
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秩父神社          
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武甲山(標高1295m)
 秩父盆地を囲む秩父連山の一つ、山の稜線に特徴あり。山肌には採石の進んでいる状況がうかがわれた。
西部鉄道池袋線特急に乗り池袋14:46着、解散
 長瀞、秩父と俗界を離れた新緑に囲まれた地域で、気心の知れた仲間との一泊二日の旅、幸いに天候にも恵まれ(増水のため船下りは中止になったが)身心共に癒やされ、楽しかった。計画してくれた幸田君に深謝。
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by naniwa-navy | 2010-05-31 22:35 | 報告
日記 5月31日
永代神楽祭参加者のうち、窪添龍輝君が所要発生、欠席に変更
参加者数     94名
参拝のみ     33名(会員 5名 遺族28名)
懇親会まで参加  61名(会員31名 遺族30名)になりました。

昨日高杉敏夫君から産経新聞の「命救われ恩返し」の記事を送ってもらった。この記事にある今村昌耕さんは駆逐艦楓の軍医長で戦時中高杉敏夫主計長、伊藤正敬航海長と一緒に勤務した仲であった。現在92歳とあるが、お元気である。この記事をブログに掲載した。
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by naniwa-navy | 2010-05-31 05:46 | 日記
明美ちゃん基金に38年後の恩返し 外国人1号の“坊や”が2万ドル寄託
2010.5.28 の産経新聞に下記の記事があった。この記事にある今村さんは昭和19年から20年にかけて戦時中、私と高杉敏夫君が乗っていた駆逐艦楓の軍医長であった。此の記事は高杉君から教えてもらった。
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現金2万米ドルを寄託したクルニアワン・イマサタ・スリスティオさん。右は当時医師として援助した今村昌耕さん
 『38年前の昭和47年、心臓病の子供を救う明美ちゃん基金(産経新聞社提唱)で手術を受けたインドネシアの「ニューニュー君(坊や)」ことクルニアワン・イマサタ・スリスティオさん(45)が28日、東京・大手町の産経新聞社を訪れ、基金へ現金2万米ドル(約180万円)を寄託した。外国人として初めて基金の適用を受けた7歳の少年は、いまや世界を飛び回るビジネスマン。「命を救ってくれた恩返しをしたい」と話している。
 ニューニュー君は4歳のとき、日本から医療援助で訪れた東京女子医大の故高尾篤良医師により、生まれつき右心室の出口が狭く肺動脈へ十分な血流がない「肺動脈狭窄(きようさく)症」と診断された。
 日本での手術を切望していたころ、医療援助に来ていた財団法人結核予防会結核研究所の今村昌耕医師(92)=東京都清瀬市=と出会った。今村さんは「体格もひ弱で、どこか不安げだった」と振り返る。
 今村さんは帰国後、ニューニュー君を救おうと高尾医師を訪ねた。高尾医師を通じ明美ちゃん基金に適用申請があり、東京女子医大病院で心臓外科の権威だった故榊原仟(しげる)教授の執刀で手術を受けた。外国人の適用1号だった。帰国後は元気に復学し、米国へ留学して財政学と会計学を学んだ。母国へ戻り銀行や不動産、保険会社などで働いた。現在は総合開発会社の管理職の傍ら投資家としても活動。欧米ビジネスマンに人気の携帯電話「ブラックベリー」2台が手放せない忙しさという。
 セカンドネームの「イマサタ」は、手術に尽力した今村、榊原、高尾の3医師の名前をもらったもの。今村さんとは家族ぐるみのつき合いが続き、今回の寄託が実現したのも、休暇で5年ぶりに今村さんを訪ねようとしたことがきっかけだった。電話で来日を伝えた際、現在も基金が活動していることを聞き、即座に寄託を決意したという。
 「当時は、貧しくて基金がなければ手術を受けられなかった。日本人の善意に心を打たれた。大人になって仕事で日本を何度も訪れ、常に基金のことが頭の片隅にあった。命を救ってくれた日本人へ恩返ししたいとずっと思っていた」
 今村さんは「ニューニューは経済的にも自立できた。恩返しするのもめぐり合わせだろう。彼の人生が開けた姿を見届けられ、うれしい」と話した。
 この日、今村さん、妻のリリーさん(49)と本社を訪れたスリスティオさんは、白い封筒に入れた百ドル札200枚を寄託した。
 「基金にはこれからも子供たちを救ってほしい。世界にはまだ、かつての私のように、貧しいがゆえに手術を受けられない多くの子供が助けを待っています」
今村昌耕さんと伊藤正敬、高杉敏夫の3名は長い間、駆逐艦楓会で付き合っている。
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by naniwa-navy | 2010-05-30 22:20 | お知らせ
日記 5月30日
5月30日の戦没者 66年前 昭和19年 なし
 65年前 昭和20年
蕪木正信(横須賀突 海竜)横須賀港内で
  特殊潜航艇海竜回航中、機関故障沈没殉職
真鍋良弥(232空 兵器)南支那海で
  内地へ赴任時、三亜一上海間で消息を絶つ
成瀬秋夫(戦401 整備) 比島で
  比島タルラック地区からルソン島東海岸向かう途中で、消息を絶つ

永代神楽祭参加者のうち、山下 誠君が所要発生、欠席に変更
故春日 仁君の奥様 尚子さん ご出席いただけると連絡があり、
参加者数     95名
参拝のみ     33名(会員 5名 遺族28名)
懇親会まで参加 62名(会員32名 遺族30名)になりました。
当日の懇親会には個人ごとの弁当を準備しています。急に欠席されると弁当が余り、お金が足らなくなりますので、もし都合悪くなって参加できなくなった方は直ぐお知らせください。変更が間に合わないときは会費をお願いすることになります。
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by naniwa-navy | 2010-05-30 05:03 | 日記
日記 5月29日
6月4日の永代神楽祭参加予定者、29日現在次の通りです。
参加者数       95名
参拝のみ      33名(会員 5名 遺族28名)
懇親会まで参加  62名(会員33名 遺族29名)
名簿はメールで送ります。

74期訃報
伊藤 六郎 様(1学年 50分隊) 平成22年5月6日 没
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by naniwa-navy | 2010-05-29 05:18 | 日記
我が家と三笠(機、齋藤)
海兵13期河野三金太は私の祖母方の親戚、記録によると「閉塞船の引き上げ除去を行う、軍艦引き上げに功あり、日露役三笠引き上げをなす」とある。三笠艦の陳列室に河野少将の資料あり。河野少将の三男寿氏は陸軍大尉、2・26事件に於いて牧野伸顕伯襲撃の隊長!負傷し自刃す。
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by naniwa-navy | 2010-05-28 07:00
日記 5月28日
5月28日の戦没者
 66年前 昭和19年 なし 
65年前 昭和20年和田 智(佐伯空 偵察)大分湾で
佐伯航空隊で飛行訓練中、海面に接水し墜落殉職

昨27日午後 記念艦「三笠」において好天のもと日本海海戦105周年記念式典が三笠艦上で盛会裡に実施された。
また、1200からJR横須賀駅に隣接するヴェルニー公園内 「海軍の碑」前において横須賀水交会主催による記念行事が実施された。
九州では海軍記念日を祝する恒例の合同クラス会が5月27日1200より120名の参加を得て、行われている。
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by naniwa-navy | 2010-05-28 05:00 | 日記
日記 5月27日 海軍記念日
第二次世界大戦以前に5月27日を海軍記念日としており、休日であった。1905年(明治38年)5月27日に行われた日本海海戦を記念して制定された。1945年に敗戦とともに廃止された。
日露戦争は、アジアの小国日本が欧州の大国ロシアに勝利を収めた。その中でも、遠路ヨーロッパ・バルト海から回航された強力なバルチック艦隊(ロシア名:第2・第3太平洋艦隊)を迎え撃ち これを撃滅した日本海海戦は、陸上での奉天会戦の勝利(陸軍記念日)と並んで日本国民が記念すべき日とされ、海軍記念日として祝われていた。これは終戦昭和20年の40年前のことである。

池田武邦君から6月4日の永代神楽祭に出席の予定であったが用事が出来て参加できなくなったと電話があった。

泉 五郎君から次の童謡を頂いた。
 平成の童謡・・鳩ポッポ 
  ポッポッポ 鳩ポッポッポ   僕の縄張り 返してよ!
    鳴いてはみたが お客さん  知らん顔して ソッポッポ
       みんなでワイワイ 騒いでろ!

 平成の童謡・・モシモシ亀よ亀さんよ
 (1) モシモシ亀よ 亀さんよ  世界の中で お前ほど
     でっかい面した 奴はない  どうしてそんなに デカイのか
 (2) なんとおっしゃる 皆様よ  そんならみんなで 面くらべ
     テレビの前で 顔揃え  ハガキで投票どうじゃいな
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by naniwa-navy | 2010-05-27 06:09 | 日記
日記 5月26日
5月23日に頂いた76期会報に同封されていた池田武邦君の76期総会における講演の記事をパソコンに取り込み、HPに掲載しました。 ↓ 拝読下さい。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senki-ikeda-76kouen1.html

鹿児島の野村治男君、体調不良で入院中です。ご家族から、昨年、今年の年会費を送金して来ましたが、既に納入すべき金額は入金ずみですので寄付金として処理させて頂きました。
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by naniwa-navy | 2010-05-26 06:10 | 日記
日記 5月25日
6月4日の永代神楽祭 
5月24日現在参加予定者 97名
 参拝のみ34名(会員 5名 遺族29名)
 懇親会まで参加63名(会員34名 遺族29名)
 平川 進 欠席に変更

片山 勇君 転居(村山 隆君から新住所連絡あり。住所録変更)

杉田繁春君から来信。次の事をHPの海軍兵学校72期生存者名簿の末尾に掲載してはとの提案あり。
① 卒業生数      625名  生存率
② 復員者数      290名  46.4%
③ 平成元年生存者数  252名  40.3%
④ 平成11年生存者数  209名  33.4%
⑤ 現在  生存者数  126名  20.1%

 ① ② ⑤は既にHPの会員の現状に掲載済み。
 ③ ④   は追加掲載した。
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by naniwa-navy | 2010-05-25 06:02 | 日記

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