なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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日記 5月14日
戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
橋元 一郎君(室井  正)
畠山 宗次君(早崎 義範)
花田 武彦君(渡邉  望)
浜田 一郎君(富尾 治郎)
浜谷 文也君(加藤 孝二)
浜谷 文也君(左近允尚敏)
浜谷 文也君(宮田  實)
浜谷 文也君(若松 禄郎)
林  繁幸君(山之内素明)
伴  正一君(槙原 秀夫)
比沢  勝君(藤井 武弘)
日野原幹吾君(吉本 信夫)
平田 隆一君(三好 文彦)
広田 隆夫君(三澤  禎)
福嶋  弘君(小田 正三)
福嶋  弘君(矢田 次夫)
福嶋  弘君(杉田 政一)
福嶋  弘君(村山  隆)
冨士 栄一君(相澤善三郎)
冨士 栄一君(山田  穣)
冨士 栄一君(中川 好成)
冨士 栄一君(小灘 利春)
冨士 栄一君(三笠 清治)
冨士 栄一君(大谷 友之)
冨士 栄一君(山根眞樹生)
冨士 栄一君(和田 恭三)
冨士 栄一君(澤本 倫生)
冨士 栄一君(白根 行男)
冨士 栄一君(押本 直正)
冨士 栄一君(田中 春雄)
冨士 栄一君(畊野 篤郎)
冨士 栄一君(若松 禄郎)
冨士 栄一君(加藤 孝二)
藤井 伸之君(中井 末一)
藤井 伸之君(左近允尚敏)
藤尾 圭司君(渡辺  望)
藤尾 圭司君(大村 哲哉)
藤野 竜弥君(相澤善三郎)
藤野 竜弥君(名村 英俊)
藤田  昇君(泉  五郎)
藤田  昇君(藤田昇遺族)
府瀬川清蔵君(伊藤 正敬)
古川 嗣郎君(白根 行男)
星野 忠雄君(星野清三郎)
堀内  進君(今井 政司)
堀内  進君(水野 行夫)
堀内  進君(安藤 昌彦)
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by naniwa-navy | 2010-05-14 05:12 | 日記
日記 5月13日
 5月13日の戦没者 66年前 昭和19年 なし 
 65年前 昭和20年
  元木 恒夫(攻102艦攻操)沖縄周辺海面で
   神風特別攻撃隊忠誠隊として慶良問列島の敵艦に突入戦死(九六艦爆)
  正木 邦雄(戦851 偵察)沖縄方面で
   沖縄敵飛行場攻撃に向い飛行場上空で交戦戦死(月光)

戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
中田 隆保君(編集部)
中田 隆保君(池田 武邦)
中田 隆保君(澤本 倫生)
中田 隆保君(大谷 友之)
中田 隆保君(加藤 孝二)
中田 隆保君(新庄  浩)
中田 隆保君(向井寿三郎)
中田 隆保君(大森慎二郎)
中西 健造君(大村 哲哉)
中西 健造君(向井寿三郎)
中西 健造君(加藤 種男)
中村 元一君(左近允尚敏)
長山 兼敏君(田島 明朗)
西川 生士君(森川 恭男)
西川 生士君(野崎 貞雄)
西川 賢二君(小河美津彦)
西川 賢二君(丸橋恵美子)
西口  譲君(若松 禄郎)
二谷 嘉郎君(森川 恭男)
二谷 嘉郎君(安藤  満)
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by naniwa-navy | 2010-05-13 05:42 | 日記
日記 5月12日
5月12日
戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
谷田 哲郎君(斎藤 義衛)
谷田 哲郎君(森川 恭男)
塚田  浩君(西口  譲)
塚田  浩君(押本 直正)
辻岡 洋夫君(向井壽三郎)
辻岡 洋夫君(左近允尚敏)
辻岡 洋夫君(山田 良彦)
恒川愛二郎君(飯野 伴七)
角田 慶輝君(原田 種睦)
角田 慶輝君(小平 邦紀)
戸泉  弘君(森園 良巳)
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by naniwa-navy | 2010-05-12 04:47 | 日記
日記 5月11日
5月11日の戦没者 66年前 昭和19年 なし
 65年前 昭和20年
深井 良(攻501 艦爆操) 沖縄周辺海面で
 神風特別攻撃隊第9銀河隊として敵艦を攻撃戦死(銀河)
深井君については、甥の深井紳一君が多数の記事をHPに掲載されている。

昨日朝、平成16年1月亡くなった故小林貞彦君の奥様から。次の電話を頂いた。
「私は毎月文芸春秋を購読していますが、今日見た6月号に池田武邦様のことが書かれていて、いたく感動しました。主人は生前殆ど海軍時代の事は話して呉れなかったので、池田武邦様の事を読んで亡くなった主人の事を思い出しました。」
この記事は文芸春秋6月号196頁から202頁にかけて7頁にわたって、ノンフィクション作家 梯 久美子さんが「特攻生き残り 長すぎた余生」と題して池田武邦君の事を矢矧時代の写真と現在の写真入りで紹介している。
その中に、第2艦隊の慰霊の旅の追悼の言葉を述べた池田氏の挙措は端正で、たたずまいは心身の重心が定まっている人の持つ独特の存在感があった。
そして、矢矧における池田武邦の活動ぶり、5時間余りの漂流、爆風で受けた大やけど、などが述べられている
そして、72期の同期生625名中335名が戦死したとも述べられている。
さらに、建築との出会い、超高層ビルの事、今のハウステンボスの事等が述べられている。
なお、この件、74期の談話室にも掲載されている。

昨日は戦後物故者の次の記事を修正した。
物 故 者 (投稿者)
詫摩 一郎君(野崎 貞雄)
竹内  茂君(伊集院正年)
竹内  茂君(桂  理平)
伊達 利夫君(横山 逸二)
田中 歳春君(矢田 次夫)
田中 歳春君(小森宮正道)
田中 歳春君(泉  五郎)
田中 春雄君(左近允尚敏)
田中 春雄君(山田  穣)
田中 宏謨君(山田  穣)
田中 宏謨君(名村 英俊)
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by naniwa-navy | 2010-05-11 06:11 | 日記
日記 5月10日
5月10日の戦没者 66年前 昭和19年
藤沢 英司(刈萱 駆逐艦) ルソン島西方で
 船団護衛中、敵潜の雷撃を受け沈没戦死
65年前 昭和20年 なし 

昨日は戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
鈴木 哲郎君(桂  理平)
鈴木 哲郎君(東條 重道)
高井  實君(東條 重道)
大楽   峻君(伴  正一)
大楽   峻君(山之内素明)
高崎 慎哉君(佐藤  静)
高崎 慎哉君(中山  皎)
高崎 慎哉君(伊藤 正敬)
高橋 猛典君(飯野 伴七)
高橋 猛典君(向井寿三郎)
高橋 猛典君(石井  晃)
高橋 猛典君(田村 陽一)
高橋 猛典君(佐藤 公一)
高橋 猛典君(山田 良彦)
高橋 猛典君(山田 良彦)
高橋 猛典君(山田 良彦)
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by naniwa-navy | 2010-05-09 22:46 | 日記
日記 5月9日 パインなにわ会
昨日は横須賀の小松で「パインなにわ会」が開催され、写真の19名が参加した。
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左から
後列 上野三郎、高杉敏夫、旭 輝雄、樋口 直、泉 五郎、左近允尚敏、
渋谷信也、山田良彦、山下 誠、新庄 浩、
中央列 平野律郎、相澤善三郎
前列 野崎貞雄、幸田正仁、岩松重裕、伊藤正敬、足立喜次、應 蘭芳、
松下太郎、おかみ
定刻1500全員揃ったところで最初に幹事の左近允尚敏君の挨拶があり今回は20回目の会合であると言われた。伊藤編集長から次の3件の報告あり。
1 後藤英一郎君逝去の件の連絡
2 6月4日の永代神楽祭について(参加予定者91名)
3 なにわ会だよりの今後について
 9月発行の3号までは従来どおり、
 4号からは、なにわ会だよりは是非続けて欲しいという意見ともう高齢だから思いきって止めたら方がいいという全く正反対の意見があり、大きく分れているので、「会員の情報を主とした簡単な16頁程度のものを会員、遺族会員の希望者のみに配布する。その資金として年会費2000円をお願いすることにしたい。」と話があり了承された。
次いで焼津カら参加の旭 輝雄君の音頭で乾杯して開幕、
そのあとは懇談に花が咲き、例の相澤善三郎君の歌、さらに幸田正仁君やゲストの應さんの歌も有り会は盛り上がった。最期に全員で記念写真を撮って1715解散した。

戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
坂田善一郎君(高松 道雄)・坂田善一郎君(西尾  博)
佐々木 庄君(平野 律郎)・佐々木 庄君(飯野 伴七)
三條 貞治君(市瀬 文人)・品川  弘君(加藤 孝二)
品川  弘君(浦本  生)・品川  弘君(編 集 部)
篠田 知武君(杉田 政一)・清水憲太郎君(伊吹 明夫)
清水憲太郎君(伊中 四郎)・清水憲太郎君(東條 重道)
清水憲太郎君(浜本 義郎)・清水  淳君(押本 直正)
清水  淳君(泉  五郎)・清水  淳君(上野 三郎)
清水  淳君(高田 幸雄)・白根 行男君(大谷 友之)
白根 行男君(澤本 倫生)・菅井  超君(泉  五郎)
杉浦  実君(杉浦タミエ)・杉本 廣安君(岸本 一郎)
鈴木  脩君(泉  五郎)・鈴木  脩君(山田  穰)
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by naniwa-navy | 2010-05-09 05:15 | 日記
日記 5月8日
今日はパインなにわ会が行われるので参加します。

戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
小林 貞彦君(溝井  清)・小林 貞彦君(大谷 友之)
古前 英雄君(小跡 考三)・古前 英雄君(椎野  廣)
古前 英雄君(日野原幹吾)・小松崎正道君(伊藤 正敬)
近藤  裕君(村山  隆)・坂元 正一君(岩松 重裕)
坂元 正一君(山田 良彦)・坂元 正一君(東條 重道)
坂元 正一君(編 集 部)・坂元 正一君(坂本正一・遺稿)
坂元 正一君(編集部・記事)・坂元 正一君(追悼記事)
齊田 元春君(金枝 健三)・斎藤 五郎君(山田  穣)
斎藤 五郎君(大岡要四郎)・佐伯 将人君(佐藤 健三)
佐伯 将人君(伴  正一)・酒井  博君(加藤 孝二)
佐藤英一郎君(溝井  清)・佐藤  謙君(安藤  満)
佐藤孝之助君(小沢 尚介)・佐原  進君(日野原幹吾)
猿田 松男君(加藤 孝二)・猿田 松男君(竹村  信)
猿田 松男君(松山  実)・猿田 松男君(溝井  清)
澤本 倫生君(樋口  直)・澤本 倫生君(三浦  節)
澤本 倫生君(伊藤 正敬)
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by naniwa-navy | 2010-05-07 22:22 | 日記
日記 5月7日
5月7日の戦没者 66年前 昭和19年 なし
65年前 昭和20年
 山田 富三(呂109 潜水艦) 沖大東島南165哩で
 20.4.2 沖縄付近敵艦船攻撃のため佐世保出撃、以後消尽なし(戦死認定)(米駆逐艦A・パスの攻撃により20.4.25沈没:米軍資料による)

 泉 五郎君が故後藤英一郎君の偲んで書き込んで呉れて有り難うございました。。機の斎藤義衛君後藤英一郎君と長鯨で一緒に勤務しており、今回お通夜から告別式までいろいろ面倒を見て頂いたようで感謝申し上げます。後藤英一郎君の急逝を悼み慎んでご冥福を祈ります。

戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
加藤 孝二君(柴田 英夫)・加藤孝二君法事(柴田 英夫)
加藤 孝二君(足立 喜次)・加藤 孝二君(飯野 伴七)
加藤 孝二君(辻岡 洋夫)・加藤 孝二君(泉  五郎)
加藤 孝二君(伊藤 正敬)・加藤 孝二君(横川 康春)
加藤・押本君(樋口  直)・加藤・押本君(小西 愛明)
加藤・押本君(大谷 友之)・加藤・押本君(安藤  満)
加藤・押本君(右近 恒二)・加藤・押本君(森田 禎介)
木庭 啓次君(澤本 倫生)・木村 貞春君(押本 直正)
木村 貞春君(幸田 正仁)・河口  浩君(富尾 治郎)
北村 卓也君(金枝 健三)・香西 宣良君(加藤 孝二)
香西 宣良君(松枝 茂純)・河野 俊通君(石井  晃)
郡  重夫君(押本 直正)・郡  重夫君(中村 正人)
郡  重夫君(新田吉太郎)・小跡 孝三君(日野原幹吾)
小跡 孝三君(藏元 正浩)・小跡 孝三君(佐原  進)
小跡 孝三君(椎野  廣)・小暮 新八君(村山  隆)
小島 末喜君(豊廣  稔)・小島末喜君辞世(豊廣 稔)
小島 末喜君(若松 祿郎)・国生  健君(左近允尚敏)
小灘 利春君(回天特攻隊HP)・小灘 利春君(HPより)
小灘 利春君(池田 武邦)・小灘 利春君(山田  穰)
小灘 利春君(上原 光晴)・小灘 利春君(伊藤 伸子)
小灘 利春君(峯HP)
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by naniwa-navy | 2010-05-07 06:20 | 日記
後藤英一郎君を偲ぶ   泉 五郎
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急逝した後藤英一郎君を偲ぶ。
5月5日、後藤君の葬儀に出席のため水道橋で途中下車、少々時間が早すぎたので後楽園の辺りを一寸ぶらついて見た。昔この辺りは随分と馴染みの場所である。然し、余りの変りように昔の面影は更にない。ぼやぼやすると迷いそうなので早々と退散、地下鉄で白山駅近くの後藤家菩提寺の大円寺へ。流石お江戸のど真ん中恐らく、戦火で焼けて再建されたと思われるが、堂々たる古刹の面影が漂うお寺であつた。
 後藤君は子宝に恵まれずご葬儀が淋しくなければよいがと心配したが全くの杞憂であつた。本堂には大勢の参列者が溢れるほどの盛儀、クラス会関係では絵描き仲間の平野律郎、若松禄郎、斎藤義衛と都竹卓郎、谷内能孝父子、戦記作家の片岡紀明などが参列した。
 大動脈瘤破裂という突然の悲劇であつたが、最後の別れに花を捧げた棺に眠る彼の面影は、正に眠るが如しと云う他ないような安らかなものであつた。
 ご遺族にとっても只一つの慰めではなかろうかと、心中謹んでご冥福を祈つた次第である。
 実は小生、海軍時代には殆ど彼とは接点がない。彼と親しくなつたのは戦後もまだまだ物資欠乏、食うや食わずの時代である。昭和24年の春、郷里の兵庫県三田から新婚ほやほやで中央大学に入学した。座席もなく満員列車のデッキに座り込んで上京した私達夫婦にとってはこれが新婚旅行のようなものであつた。学生とは云いながら所帯持ちでは間借り先も中々見つからない。漸く探し当てた下宿先が国鉄「蕨駅」から東へ徒歩小一時間、当時青木町とはいうものの竹薮に囲まれた大田舎の農家一部屋であつた。その頃、蕨駅の反対側にあつた住宅地の一角に後藤君の家があつた。その彼の家にずうずうしく押しかけたのが、彼との付き合いの始まりである。後藤君のお母さんには我が子同様、快く迎えて頂きご馳走になつた。ご馳走といっても食うや食わずの時代のことである。一宿一飯のもてなしと云うが、このとき頂いた味噌汁の美味しかったことは、何物にも換え難い一生の思い出である。然し、この蕨の大田舎では通学にも大変で、或る雨の日に桐の下駄履きで駅まで往復したら、その下駄の歯が忽ち磨り減つてしまった。家の周りには蛇がうようよ、藪蚊に蝿がぶんぶん!何とか東中野に新築バラックの貸間を見つけて其処へ引っ越した。とは云つても僅か四畳半、襖一枚の隣六畳には家主の老夫婦、便所も台所も共用である。 といつても銀行員家主上がりのこの老夫婦、今になつて考えてみると六十歳前後であつたろうか,金もなく何とも惨めな新婚生活であつた。女房殿にも働いてもらい、実際は大学生とは名ばかりのアルバイトに明け暮れた毎日であつた。
 ところで、クラス会の名簿では後藤君は慶応卒となつているが、実は同時に中央大学も卒業しているのである。 尤も彼は中大の講義には殆ど出席しなかつたようである。斯く申す小生もアルバイト三昧の所帯持ち、専ら自宅独学で彼と出会うことが無かつたのも当然であつた。
 それはさておき、何とか卒業証書を手に入れて肩書きだけは学士様になつたが、サラリーマンはどうも性に合わない。最後は鈴木脩君の世話でこの千葉に酒屋として落ち着く事になつたが、考えてみると我輩もいろんなことに手を出したものである。そして人のよい後藤君にも無理付き合いをお願いした。
 一つは京セラが開発した「クレサンべール」というエメラルド等の宝飾品、代理店を始め際、早速彼は奥方の為に高価な一品を買い求めてくれた。彼の愛妻家の一面を偲ばせる一面であるが、この商売は始めたものの、女性にオベンチャラたらたらは些か性に合わず、武士の商法でこれも早々に廃業。
 もう一つは金儲けではないが、些か気の長い通信碁のクラブである。これは約30年近く続けたが何しろ一局の勝負に数年かかるので、流石の彼も最後の頃には投げ出した。
 尤も彼も小生とあまり変らぬか、或は少し強い程度のヘボ碁の類であつたが懐かしい思い出でである。
 そして囲碁と云へば我が家の使わなくなつた旧店舗の一室をご近所の為に碁会所として無料で開放している。その部屋の正面には彼の薔薇の絵が美しい彩を放つている。
 私には彼を偲ぶ又とない思い出の品で、薔薇のように美しい後藤君の永久の眠りを衷心より祈る次第である。
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by naniwa-navy | 2010-05-06 17:41 | 鎮魂
日記 5月6日
戦後物故者の次の記事を修正した。
物故者(投稿者)
押本 直正君(足立 喜次)・押本直正君法要(足立 喜次)
押本 直正君(市瀬 文人)・押本 直正君(山田 良彦)
押本 直正君(東條 重道)・押本 直正君(泉  五郎)
押本 直正君(伊藤 正敬)・押本 直正君(藤田 直司)
押本 直正君(74期松井元一)・押本 直正君(74期久保 陽)
押本 直正君(74期小林孝雄)・押本 直正君(横川 康春)
小田 博之君(室井  正)・鬼山 隆三君(三好 文彦)
鬼山 茂樹君(安藤 昌彦)・鏡  政二君(高松 道雄)
鏡  政二君(75期遠藤喜久)・角田武之助君(森川 恭男)
角田武之助君(安藤  満)・春日  仁君(渡邉  望)
春日  仁君(泉  五郎)・春日  仁君(遺   族)
桂  理平君(鈴木  彊)・桂  理平君(大島 達也)
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by naniwa-navy | 2010-05-06 05:55 | 日記

by naniwa-navy
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