なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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日記7月31日
7月も今日で終りですね。本当に月日の経つのが早いですね。今年は豪雨、猛暑とおかしな天気・気候が続いています。
東条君の新住所が分りました。3号に掲載しますが取りあえず会員にだけメールで送りました。
なにわ会だより第3号訂正個所を印刷屋に送りました。8月下旬にはお手元に届けられると思います。
一段落しましたので、HPを再チェックしています。戦記は終りました。
今逐次戦没者を見直して亡くなった期友の冥福を祈っています。
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by naniwa-navy | 2010-07-31 06:19 | 日記
日記 7月30日
HPの更新記録が多くなったので、22年1月から6月までの更新記録を作成しました。
ついでに、今までの更新記録を整理し、同一形式に直しました。

76期会報130号を貰いました。このクラスは年3回会報を発行しています。今回の会報はB5判32頁のものです。
1 今後、会報は会費納入者に限定、1201名に配布。
2 海軍兵学校有志の会、今年は12月7日76期主催で実施の予定。
3 今年の76期全国総会懇親会は10月6日グランドプリンスホテル京都で実施の予定。
記事内容は、クラス会からの連絡(全国総会について9頁を含み13頁)、各地区の情報(九州、中国・四国、近畿、東海、北陸・東北・北海道、関東・甲信越のだより)12頁、その他7頁となっている。
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by naniwa-navy | 2010-07-30 05:26 | 日記
日記 7月29日
 7月29日の戦没者
 66年前 昭和19年 なし
 65年前 昭和20年
   伊藤国輔(伊165 潜水艦)サイパン東方海面で
      20.6.15回天特別攻撃隊轟隊の一艦としてマリアナ方面に向け光基地出撃以後消息を絶つ(戦死認定)
      (基地哨戒機の攻撃により20.6.27沈没:米軍資料)

 機55期のHPにある「機53期一号時代の分隊表」は取り込み済みであったが「戦没死者記録」は取り込んでなかったので取り込んだ。
 海上自衛隊高級幹部一覧を作成しHPに取り込んだ。
これによると、72期の会員は次の諸君である。
門松安彦(航空集団司令官・幹部学校長)、小松崎正通(呉地方総監)、左近允尚敏(統幕事務局長・統幕学校長・)矢田次夫(海幕長・統幕議長・自衛艦隊司令官・佐世保地方総監)槇原秀夫(海幕副長・呉地方総監)
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by naniwa-navy | 2010-07-29 05:04 | 日記
日記 7月28日
今朝から齋藤義衛君の『大東亜戦争の情勢・記録 海軍機関学校第53期戦没者』をHPに取り込もうとして作業中です。実に良く纏められて居ますね。戦争の全体の流れが良く分かり、その流れの中で57名の級友が亡くなっていったのが良く分ります。
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by naniwa-navy | 2010-07-28 11:04 | 日記
日記 7月27日
毎日暑い日が続いていて老体には堪えますね。皆様お変わりありませんか。最近訃報が続いて淋しい限りです。
昨日山田穣君から電話を貰い、冨士夫人のことを尋ねられました。そして、中村悌次様(なかむら・ていじ=元海上幕僚長)の訃報を聞きました。
中村様は海軍兵学校67期で自衛隊時代、直接ご指導いただいた方で、67期の代表幹事としてもご尽力されていて、なにわ会会報もお送りしていました。何時もご丁寧なお手紙を頂いていました。
7月23日心不全で死去されました。心からご冥福をお祈り致します。
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by naniwa-navy | 2010-07-27 06:02 | 日記
日記 7月26日
 7月26日の戦没者
  66年前 昭和19年 なし
  65年前 昭和20年 
   岩村 舒夫(霞ケ浦空 艦爆操
     千歳から美幌に彗星空輸中、エンジン故障第二千歳基地に不時着して殉職

 なにわ会だより第3号のゲラ刷りを印刷やから受領。これからチェックに入ります。
 
 74期訃報
  塩足 介弘 様(1学年 63分隊)平成22年7月25日 没

 昨25日の戦没者 甲斐田信之(主)の記入を忘れていたので25日の記事に追加して記入した。
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by naniwa-navy | 2010-07-26 05:05 | 日記
富士夫人のこと              堀 剣二郎
     富士夫人には湘南なにわ会の新年会で中村 元(中村 元一君)の紹介でお会いした。その時、耳かきをいただき現在使用中です。木製の日本刀の形をしており、鞘から抜いて使う.        ご冥福をお祈りします。      
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by naniwa-navy | 2010-07-26 00:28
日記 7月25日
7月25日の戦没者
 66年前 昭和19年 なし
 65年前 昭和20年
  甲斐田信之(主) (2哨戒艇) ジャワ島東方海面で敵潜と交戦、被雷して沈没戦死。

昨日岡本俊章君から電話で清水 尚君の訃報を聞いた。清水君は2年程前から体調を壊して入退院を繰り返していて、透析も行っていたそうである。そして動脈瑠の手術をしたが、惜しくも亡くなったそうである。

有志会員のAさんから、『行脚 楽しく読ませて頂いています。そして、今日本屋で“軍艦「矢矧」海戦記-建築家・池田武邦の太平洋戦争”と言う本を見つけて拝読しました。』と言うメールを頂いた。
HPで検索したらこの本の紹介が多数出て来た。
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この本は光人社発行、著者は井川聰で定価税込2415円である。

行脚その7
S・K候補生
 草木も眠る丑満時「候補生起し」・・・・
「私も軍艦八雲候補生です。」
「気分壊したぞ。」

大熊直樹
 1 「ネーそうでしょう指導官」 「研究しろ」 これは大分我々の耳のタコになったが、本当に我々は幸福だった。愉快に過すこと第一、しかし、「ガンルーム」の扉が凹んでいる理由を知っている人は余り居らぬ。去る四大節の一日「ケッチ」をかけたまま出ようとしてぶつかること十数回「研究しろと」言いたかった。
 アー しかし、遂に来る。想い出多き八雲! やるぞ。 第72期候補生(18.11.10)
 2 西五番から走りつづけてすんだ時は尾形岩が後ろに見えた。どうだ。
×コシ×は我々に真に海上に於いて走る航海術を教えて下さった。

山下候補生  アルコール
 我等が候補生は「ガンルーム」の「ソファー」に行儀よく並び久し振りに眺める徳利を撫して眼の前に展開しつつある素晴らしき光景に唯々驚嘆と感激とに耽っているのである。
浴衣がけのあの軍医大尉に和して乱舞するはこれぞ甲板棒ならず徳利片手の甲板士官。
あの短艇の行脚は須らく・・舷梯はコッパー微塵に粉砕すべし。 元気醸造の室の夜の風景。
×コシ×に締められ様が指導官に文句を言われ様が間覚上人に笑われ様が超然として勤務に邁進せり。自己の所信に向い・・・。
×コシ×の意地悪、狐の様な顔で「ポカリ」と一発 喰らったことは一生忘れない。
艦隊に配乗したらモリモリ張り切る。  「押の一手」

N元候補生
 凡そ我々実習の清涼剤こそは八雲士官室の奇材、運用長中尾大尉である。次のそのユーモラスな言葉を聞こうではないか。パイプを首にキリリット巻きつけ潮焼けした顔を綻ばせて曰く。「練習艦隊運用参謀海軍大尉中尾音吉ドウジャ エヘヘ・・」
「一杯機嫌の彼氏軍装の上衣    巻いて、
「北方へ行けばこいして勤務するぞ、候補生ドウジャ エ ヘヘ・・」
また、一杯飲んで兵員事業服を着、ハンケチを頭の上にのせて
「バーモー長官によく似てるとは思わんか、ドウジャ エ ヘヘ・・」
「候補生は皆運用長、運用長と言って余り俺に惚れるなよ。」

安藤候補生
 乗る前は悲観したが、「住めば都」で去るとなると懐かしくあった。72期が出たら戦局を一変しよう。

???
 1 締める人も痛められる人も皆国の為、締められて憤然とした人は全くの小心者だった。海軍の美しい所が分ってきた。練習艦隊中八雲が最も幸福だ。今になって悟った。
 2 軍歌 艦船勤務「 職務(つとめ)は種々にかわれども  つくす誠は唯一つ」を歌って不遇を慰さむるのみか。

M生
 9月 兵学校3年間鍛えしものは・・・半殺しになっても生き返る。
 10月 全力運転の秋は・・・      すべったら〇面
 11月 待ちに待った配乗先聞いてがっかり。

吉川 勇  菊池祥一
 第1期実務練習も愈々終了せんとして今日11月1お日秋空は綺麗に晴れあがり候補生は日当たり良き艦橋右舷に集う。見よ。那沙美水道を圧して堂々碧波を載る大艦隊「八雲、山城、伊勢向うは何処? 呉へ 呉へ 兵員は喜々として入港準備に掛り老艦八雲大艦隊旗艦の如く練習艦隊を率い正に凱旋将軍の感あり。司令長官の気分推して知るべし。第2期に備え意気益々高し。

巻 石蔵
 夢の2ヶ月は忽ちにして彼方に消えて行った。共に泣き共に笑いし心の友は今希望をしっかりと胸に抱いて南に北に飛び立とうとしている。逢うは別離の初めとか、これが海軍士官の常なのだ。春樹暮雲の情誠に去るに偲びないが潔く袖を振って別れよう。何時の日か又君達に一杯の酒を勧める日まで。

(之で行脚の転載は終りです。元本は カタカナの文字が使われているが、パソコンの作業の都合でヒラガナ文字に変更した。また、当然のことながら、旧カナ使いが使用されている。打ち込みの都合で現代のカナ使いに直したところが多い。 また、意味の分らない記述もあったがそのまま転載した。)
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by naniwa-navy | 2010-07-25 06:20 | 日記
清水 尚君逝去
訃  報
氏名 清水 尚 君(兵科)(名簿16頁)
平成22年7月23日(金)1515 
動脈瑠手術後悪化して逝去
喪主   (妻) 清水 美子 様
御通夜   平成22年7月27日(火) 1800~
告別式       7月28日(水) 1100~
斎場    堀ノ内斎場
住所  〒166-0011  東京都杉並区梅里1-2-27
電話  TEL 03-3311-2324
「堀ノ内斎場」までの交通
丸の内線 新高円寺駅下車、出口1・2より 徒歩8分
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by naniwa-navy | 2010-07-24 13:14 | 訃報
児玉 巌君            堀 剣二郎
  駆逐艦 浦波 乗り組み当時、シンガポールに帰港したので、入院中と聞いていた児玉君を見舞うため 101海軍病院へ赴いた。受付できくと亡くなられと云って部屋に案内された。入院していた2階の個室にはベッドが一つあり毛布は足元に畳まれその上に軍帽が飾られている。まだ元気だとおもって来たのに対面したのはこれらのもの。がつかり、寂しかつたことを思い出す。また当日は良い天気で病院の構内に色取りどりの熱帯の花が咲き乱れていたことも印象に残っている。 
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by naniwa-navy | 2010-07-24 09:06

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