なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
日記 11月1日 なにわ会の由来 復員後物故者記録 
HP閲覧数10万件突破しました。2004年12月からですから、3年10月で1日平均約70件見ていただいていることになります。これからも頑張ります。

年末クラス会の返事を整理し、出席予定者名簿をHPに掲載しました。
返信に書かれた近況をメールアドレスのわかっている方に直メールで送りました。

昨日堀君から次のメールを貰いました。
「なにわ会の名称ができた頃の記憶
昭和20年の9月20日前後 呉軍港で在泊総艦船宛に信号が届いた。 72期がクラス会を行ううので1900(記憶がはつきりしない)頃潜水艦基地隊に集まれという趣旨であつた。私は艦の内火艇で基地隊の桟橋に行き上陸し参加した。部屋は長机、長椅子の食堂のようなところで、照明は当時の一般家庭と同様の裸電球に傘型シェードのあるもので薄暗い感じ、集合人数は20名位であつた。そのうち記憶にあるのは兵科の太刀川君と主計科の高杉君だけである。議題はクラス会を続ける事とその名称であつた。当時の連合軍の占領下で軍人にたいする処遇も明らかでない時勢では少しカモフラージしたものがよいのでは、ということで なにわ会ということになった。この名称を見て感ずることは各人各様であろうが、私は、クラスの主任指導官であった原田中佐(当時)が訓示された「君たちは72期であるから少々辛いことがあっても「何くそ」で頑張れ」に由来の「なに」が幹で「なに」を含んだ耳慣れしたことばに「なにわ」があるので、こうなっていると感じている。じ後60数年間クラス会の名称となりクラスの融和の根幹となった「なにわ会」に「御苦労様」とあいさつしたい。」

なにわ会の名づけの由来についてはニュース18号7頁と19号17頁に掲載されており、HPにも取り込んである。(HPのTOP頁のなにわ会ニュース→ 記事目次→ 目次→『なにわ会の由来(押本)と(澤本) をクリックすると出てくるので参考にしてください。

先に書き込んだようにHPの戦記ものを逐次読み易いように字を大きくし、誤字を訂正していますが、並行して「復員後物故者の記事』を修正していました。約1月かかってやっと全部の修正が終わりました。復員後の物故者188名+教官9名計197名のうち164名(83%)の者の記事です。件数にして346件もあります。自分の投稿記事を見て誤りがあればご連絡ください。
戦記の方も間もなく完了します。次は戦没者の記事にとりかかります。
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by naniwa-navy | 2008-11-01 10:10 | 日記
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