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なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
我が輩は病人である. その1
我が輩は病人である。姓は冬口、名は枕流。
然し一見する限り別に顔色が悪い訳でもなければ、息も絶え絶えと言う訳でない。
痛み止めの薬が効いている限り飯も食らえば酒も呑む。年齢を考えると酒は結構一人前以上である。それも主にスコッチかコニャックをストレートでチビリチビリやるのが好きである。
我が輩に言わせれば、大体ウイスキーの水割りなどというものは食文化の外道である。戦後、食糧難の時代はアルコールなら何でもよかった。一般大衆はアルコールに色をつけただけのようなウイスキーでも、大いに有り難がって呑んだものである。
メーカー言葉巧みに身体にはオンザロックや水割りが良いと称し、ストレートでは不味くて呑めない代物でも「ポリスを呑んで メッカ」に行こうなどと大いに宣伝、大衆を欺瞞した。
医者共までが尻馬に乗せられ水割りを勧める。 ストレートでは不味くて呑めないが、水で割ればそれなりの刺激に薄められ、それに馴らされた大衆は大いにこれを有り難がって呑んだものである。
 そのうち「ヌーボー古酒」などという代物まで現れた。一体これは何ちゅうことか?
これ程大衆を馬鹿にしたブランドは恐らく世界に珍しいのではなかろうか。
 或はそれともメーカーが良心の呵責(かしゃく)に堪えかねて本当は「未熟の新酒にちょっぴり古酒をブレンドしたものですよ」というメッセージを込めているのであろうか。 何れにせよ誠に珍妙にして不可解な代物が罷り通る日本である。

 最初から話が酒の方に脱線したが、さりとてアル中という訳でもない。要するに今のところ、内臓の方は何とか動いているようであるが、体の方はあっちこっち痛くてやりきれない。  
 首、肩、股関節作動不全による全身棒状硬直症である。尤もこれは医者が宣われて病名ではない。俺様が勝手につけた病名である。然し、一番肝心な部分は完全に軟体動物状であるから齢は争へない。
 ところで、我輩がかかっているこのヤブ医者奴は病名を言わない。毎日毎日同じような患者ばかりみていると面倒くさくなるのか不親切なのか?
 この医院には時々別の大病院の勤務医が代診にくる。この医者も私の場合には看護師の差し出す注射器を彼女の指示に従い注射するだけである。最近は。うっかり看護婦さんなどと呼ぼうものなら忽ち嫌な顔をされるからご用心!
 それでもこの先生は院長より多少親切そうなので病名を聞いてみた。
案の定、これまた看護師に『冬口さんの病名は何じゃ』と尋ね、彼女の差し出すカルテを見て教えてくれた。「変形性脊椎症と右肩関節周囲炎」とのご託宣(たくせん)である。
 病名も知らずに注射だけしていたのでは悪いと思ったのか、ご親切にも改めてメモに書いてくれた。 首が痛い、肩が上がらぬといえば、要するに首と肩の骨回りにガタが来ているということだ。
 肩の痛いのは、特に右肩の痛いのは小学六年生の頃の野球の猛特訓の遠因があるかも知れない。
 遺伝か体質か生れつき体が非常に固い。体の固いのは娘にそっくり遺伝した。 彼女の幼い頃バレーの発表会を見てその動きの固さに遺伝の恐さを痛感し、こりゃ駄目だと可哀想に思ったが仕方ない。
 我輩も子供の頃から前後左右中々体が回らない。海軍時代も特に柔軟性を要求される徒手体操には最も閉口した。もっと体を回せだの曲げろだの教員にしごかれたがこればかりは仕方ない。
 その昔、といっても戦前の昭和、小学校時代の郡内対抗野球大会には各町村の対抗意識が旺盛で、その頃血気盛りの先輩達がやってきてのシゴキ振りは、今の親達が見れば忽ち肝をブッ潰す事間違いなし。
その主役は我輩の6才上の兄上様であった。
この兄上様は優男の我輩とは違い体つきも甚だ頑丈、柔道五段。聨合艦隊最後の大会で優勝したのがご自慢であった。
この兄上様が親分格で、小学生の我々シートノックが終ればホームまで這って帰ったこともしばしばであった。真夏の炎天下、猛ノックでヘトヘトになるまでしごかれ、汗が出尽くして真赤な血のような小便に吃驚したことも記憶に生々しい。
その頃の猛練習でしばしば肩を痛めた。若かつたから何とか凌げただけのことである。 こんなところに遠因があるのか、勿論四十肩五十腰の類には大いに悩まされた。ゴルフを始めたばかりの頃である。
四十肩でどうにもならなくて或る大先生に相談に行った。元海軍軍医中将閣下である。 畏れ多くも畏くも、我輩奥方様の、お兄上様の、奥方様の、お父上様である。
閣下のたまわく 「枕公よ!これしかないという四十肩の特効薬を教へてやろう。 そりゃ時薬じゃよ!」
つまり 「医者の手には負えないから諦めろ」ということである。大酒食らって泊めて貰った翌朝のことである。
この閣下、奥方様は未だおねんねとのこと、お気の毒にお一人で朝食の「トースト」を焼きながら面白い昔話をしてくれた。
 話しとはその昔、聨合艦隊軍医長になりたてのある日の夕方、後甲板でデッキチェアーでくつろいでいると、隣に座っていた長官に当直参謀が電報を届けにきた。
 ひょっと見ると畏れ多くも畏くも若杉宮殿下ではないか!
 吃驚して飛び上がって敬礼したら長官にたしなめられた。「これは公務々々、殿下は当直参謀じゃ!坐っていなさい」と
今は昔の物語、宮様がお傍に見えても椅子にふんぞり返って居られたほどのお偉らさんも、戦争に負けたお蔭で今や市井一介の町医者。これも時世時節というものである。
事のついでに昔々この宮さんの従兵をしていた人から聞いた話。
「この宮様は褌は自分で洗濯、私室のトイレは便器まで自分できれいに掃除されたので大変恐縮した」とのこと。
些か話が「坂の上ならぬ・雲の上のお人」に及んだが、恐れ多くも畏くも万世一系のわが皇室は、皇統連綿として2600年が遂に2700年になろうとしている。
それに比べ我が家のご先祖様は何処の何方かどうもよく判らない。
然し、この世に我輩が存在しているということは、まさか木の股から生まれわけでもなかろうから、あの世へ行ったらご先祖探しに没頭してみたいと考えている。
by naniwa-navy | 2009-12-23 09:12 | 書きもの
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