なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
日記 1月8日 山之内素明君 幸田正仁君の記事
1月8日
この日の戦没者 66年前 昭和20年
 諏訪 欣吾・坂本 幸緒(檜 駆逐艦)
 マニラからサンジャックに向う途中マニラ湾口で敵機の攻撃を受け被弾、沈没戦死

 蒲地 経春(954空 二座水偵操)
 赴任のため駆逐艦檜に便乗、同艦沈没時戦死

この日の戦後物故者
 小林 貞彦 平成16年 1月8日没
 大谷 友之君の「小林貞彦君との9年間のつきあい」の ↓ の記事と
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-kobayasi-ootani1.html
 溝井 清君の「小林貞彦君の死を悼む」の ↓ の記事がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-kobayasi-mizoi.html

 昨日山之内素明君(主)から次のメールを貰った。
       残す想い
 突飛な と 思われるかもしれないが、頭の中の どこかに隠れている 想いを綴ってみた。恍惚の 老骨と笑われても 構わない。「そんな事 もう忘れてしまえ」と言われるかも知れない。  だけど、言いたい。

 『原子爆弾を日本人に投下したことは、同じ人類として、なすべき行為ではなかったことを、深くお詫びする。』とアメリカ に言わせたい。
 「憎悪の子は、憎悪である 」 ことを知っている日本民族は、この一言で、さっぱりした気持で、新しい日米関係を作り上げていくことに努力するだろう。まさか、アメリカに原爆を 落とさせろとは、言うまい。

 もう一つある。それは、ロシヤ に対してである。
 『シベリヤ抑留と停戦後の 一方的な武力による北方四島の占拠を詫びる』と言わせたいのである。  ひかれ者の、小唄ではない。
 この一言が有れば、国民の胸の中のこだわりは、氷解するであろうし、その後は、経済や科学技術の交流にも、疑心暗鬼はなくなるであろう。

 アングロサクソン民族は、日本人とは違うという人もいる。スラブも一筋縄ではいかない民族族だとも聞かされる。彼らは、一旦 詫びたら自分の非を認めることになると言う思考傾向があるそうだ。
 でも、「憎悪の子は憎悪である 」と言ったのは、英国の哲学者である。
資源もなく、刀折れ 矢尽き、孤立無援で負けた日本であるが、原子爆弾とか、無抵抗のシベリヤ抑留とか、停戦後の押し込み強盗的な行為は、負けた国民とは言え、許し難い想いが強いのである。日本に武士道があるように、彼らにも、騎士道がある。にもかかわらずである。
 
 我々も、いずれ冥土に旅立つ。その時は、 千の風に乗って 彼の民族の中に 吹き込みたいものだ。・・・・・・・」

 幸田正仁君から12月に行われた一泊旅行の歩こう会の記事を頂いた。何時も上野三郎君が書いてくれるのだが、今回は彼が所用で参加しなかったので幸田君が書いてくれた。

 毎年12月は忘年会と称し。温泉一泊するのが恒例となっている。今年は12月6日、7日、伊豆伊東のホテル聚(じゅ)楽(らく)で行った。
 参加者は写真の11名である。
当日は三々五々宿舎着。予定の列車より早く着く者、遅れて来る者等いろいろであった。夕食はバイキング方式で、夫々近海の海また山の幸を好きなだけ堪能出来た。
 ホテルは少し小高い丘にあり、温泉も部屋も余裕があって何だか上空にある感じで気分は最高、それぞれ充分広い部屋(寝室と居間は分離)で休養出来たと思う。
 第2日は朝食後ロビー付近の売店でお土産を仕入れ、写真撮影の後、10時ホテル発の車で伊東駅へ、
帰途は根府川へ寄り付近の蜜柑畠と海の眺めを章で、民宿あたりで昼食をとる予定だったが、昨日の夕食と今朝の朝食とで腹一杯、これ以上入らないという事で、熱海駅で解散、家路を急ぐこととし忘年会を終了した。
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左から 後列 品川夫人、足立夫人、椎原国康、小松崎夫人、
中井夫人、深尾夫人、幸田正仁、高田俊彦
前列 足立之義、深尾秀文、中井末一

 足立之義君は夫人と共に元気に参加され、写真も元気そうだが、この後20日後に逝去された。突然の事で言うに言葉がない。ご冥福を祈るのみである。
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by naniwa-navy | 2011-01-08 04:49 | 日記
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