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なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
事故 国鉄桜木町事故
桜木町事故
 61年前の今日、昭和26年4月24日、横浜市の国鉄桜木町駅で、電車車両の火災が起き、たくさんの人が亡くなるという大惨事が起きました。 いわゆる「桜木町事故」です。
  この日、復員して6年目の会社員新庄浩さんは、事故直前一両目車両の吊皮につかまりながら前日の寝不足でうつらうつらしていました。
 突然パンタグラフから火の玉が落ち始め、車両の木製天井が燃えだしました。 その火は車内に延火し、座席にも火がつきます。 事後の調査によると、電気工事の作業員が誤ってスパナを落とし、固定されず垂れ下がった架線にこの電車のパンタグラフが絡まったための火災でした。
 車内はパニックになりました。 みんな争って2両目に逃げようと、扉に殺到します。 当時電車の車両連結部ドアは引き戸ではなく、手前に開く開き戸でした。 しかも外から施錠されていたといいます。
殺到した人々はドアを開けることもできず、後ろから押されて折り重なって倒れ、下になった人々は上の人に押しつぶされる阿鼻叫喚となりました。
 新庄さんはとっさに吊皮につかまったまま、器械体操の選手のように体を振幅させ、目の前の窓ガラスを両足で蹴破ります。当時の車両は小さな窓でしたが、そこから頭を出してみて、体が通ることを確かめた新庄さんは窓枠から脱出し地面に飛び降りました。
 「窓から地面まですごく高かった。私の破った窓ガラスにみんな争って手や足を突っ込んでいるのが見えた。続いて出ようとヤンキー(進駐軍兵士)が体を通すんだが、腹でつっかえて出られないんだ。」
死亡者106人、重軽傷者92人。火災の起こった一両目に乗っていて命を長らえることができたのは新庄さんただ一人だけだったのです。
 新庄さんは終戦時、海軍大尉。「桜花」と呼ばれる特攻隊の隊長でした。 零戦を駆って空で戦ったファイターだったのです。 瞬時の判断、行動力、胆力。 戦闘機乗りとしての資質と訓練が新庄さんの命を救ったといってよいのではないでしょうか。
 地面に一人降り立った新庄さんは、ガラスで切ったと思われる手の出血をハンカチで拭きながらあることに気がついて愕然とします。
「しまった。会社の重要書類と上着を網棚に置いてきてしまった」((+_+))
 火が消えるのを待って、新庄さんが上着と書類を取りに車内に戻ると、人の背丈くらいの高さに折り重なった人々が業火と放水のため「蒸し焼き状態で死んでいた」そうです。
腕章も付けずうろうろしている新庄さんを見咎めて関係者が「何だお前!ここで何してる!」と叫びました。
「この車両に乗っていて忘れ物をしたので・・・」
「ええっ、これに乗っていたのか!」
  周りは大騒ぎになり、新庄さんはそのまま事情聴取のため警察に連れて行かれました。
 ここからが元海軍さんの真骨頂です。肝がすわっています。
警察から解放されて会社に行った新庄さんは、
「いやー、何しろ助かっってよかった\(^o^)/」
「ま、イッパイやろう( ^^) _U」
ということで、同僚と一杯やっていました。(前日寝不足だったはずですが・・・)
帰ってみたら、大森の自宅には国鉄の偉い人がお見舞いに来ていたらしいのですが、肝心の本人が帰ってこないのでみんなで心配していたというのです。
 新庄さんはご両親にさんざん油をしぼられてしまったそうです。
 このお話、実は新庄さんの口からじかに伺ったものです。
by naniwa-navy | 2011-10-02 11:01 | 戦記
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