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戦記 生駒山上空の空戦 (相澤善三郎) 有志会員Aさんのブログから
生駒山上空の空戦 (相澤善三郎) 有志会員Aさんのブログから

 最近、内地防空関係の本を読んでいておもしろい撃墜記録を見つけました。
↑「おもしろい」っても、「笑える」って意味じゃないですから。
「へえ、こんなこともあるんだー」とびっくりしたというか何というか。

 昭和20年1月(ご本人の回想によると(「20日ごろ」)。
 鳴尾基地で関西方面の防空を担当していた332空の相澤善三郎中尉(兵72期)。
この日、日本海側から太平洋に向かって抜けようとしていたF13(B29の偵察機型)発見の報に接し、同期の松木亮司中尉とともに「それっ!」と邀撃に上がります。
 この日の相澤中尉の乗機は零戦。 332空は、対大型爆撃迎撃用に作られた雷電配備の部隊で、相澤中尉もふだんは雷電に乗っています。
なのに、え?  零戦でF13に立ち向かっていったの?   ちょっとびっくり。
 ママのイメージでは、B29というのは高度10000メートルぐらいのところを悠々と侵入してきて、日本軍の迎撃機がハアハア言いながら上がってきた頃にはもうそこらへんにいない、みたいな・・・・。
 B29ってあんなに大きいのに逃げ足が速いらしいですね。爆弾を落として身軽になったあとなど、あっという間に姿が見えなくなるというか・・・・。
 B29ですらそうなので、それの偵察機型ということは、最初から爆弾は積んでいない(つまり身軽)、爆撃照準や編隊行動の制限もないから好きなように回避行動が取れる、ということで、ただでさえ落としにくいB29よりさらに落としにくいのでは?
 それを零戦で追っかけようというのだから、すごい!
そもそも零戦で高度10000メートルまで上がれるのかな、動けるのかなと思うのですが、この日の相澤中尉の零戦は10000メートル以上上がれるようにエンジンを調整してあったのだとか。
そして、期待にたがわず、一緒に上がった松木中尉を置き去りにしてぐんぐん上昇していきます。
11000メートルまで上がったときには、目標のF13はちょうど相澤中尉のほうに向かってくるような好位置に占位していました。
 静かにそっと旋回し、近づいてから20ミリ機銃を撃ち込む相澤中尉。
機銃弾は吸い込まれるようにF13に向かって飛んでいったとか。
(相手から反撃があったかどうかは不明)
攻撃できる時間などほんの数秒のことだったでしょう。
ハッとして見たら、F13の主翼、エンジンのあたりから黒煙を噴きながら、そのまま南のほうに飛び去っていったそうです。
 ご本人は自覚はなかったようですが、基地に戻ってから他の部隊から米軍機1機が潮岬沖に落ちたと知らされ、他に該当する空戦もなかったことから、相澤中尉が火を噴かせたF13と認定されました。
 もう64年ほど経ちますが、相澤中尉がF13と一騎打ちをした生駒山の上空。平成20年12月11日のそこは平和な空です。
わたしは母に、
「ばあちゃんに戦争中のことは聞いたらいかんよ」
と釘を刺されていたので、祖母に聞いたことはありません。
母は19年生まれなので聞いてもわかりません。
 今年になってかな、皇統護持作戦のために杉安にやってきた343空の3人(大村大尉、加藤大尉、ホリブン)のことを聞くために、終戦時10歳だったおばに電話をしたとき、
「戦争中は大阪にいて、終戦後すぐに宮崎に帰ってきた」 みたいな話を聞きました。
ということは、うちの母は1歳の頃まで大阪にいたってことか?
うちの祖母や母がいた大阪の町を命をかけて守ってくれていた人たちがいたんだなあ・・・・。いや、いまもお元気にされている姿を見て、なんだか胸がいっぱいになりました。
参考:なにわ会HP戦記、渡辺洋二『局地戦闘機 雷電』文春文庫
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by naniwa-navy | 2011-10-04 09:15 | 戦記
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