なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
戦記 震洋艇 豊廣
震洋艇の戦闘 豊廣 稔
(動画茂あります)
 わたし、駆逐艦乗りを目指してたんですよ。駆逐艦「刈萱」に最初乗って、それから、その次に、刈萱をおりて、駆逐艦「浜波」というのに乗ったんです。浜波が最後でね、浜波に乗っていて海軍中尉になったころかな、中尉に進級したころに佐世保に行けと、佐世保軍港のほうに行けと言われて転勤になった。
そしたら、佐世保鎮守府付きということで何も具体的になくて。それで帰って、しばらく待って、一晩待てというようなことでね、待たされて。それで、「君は、震洋隊というところへ行くんだ」と。震洋隊って初めて聞く名前でしたよね。
Q:震洋隊に行けと言ったときは、震洋隊がどういう部隊かということは説明はなかったですか。
 
 うん、説明はねあった。一言だけね。その訓練所の司令というのかな、海軍大佐の司令、何とおっしゃいましたか。名前はど忘れして。あのう、すぐ思い出す人ですけどね、震洋隊ちゅうのがいるんだと。それで、ちっこい船だけど、それの指揮官ちゅうか隊長で行くんだと。その震洋隊は何する船かというとね、「なーに、体当たりだ」ちゅうて、その一言でしたよ、説明は。だから、体当たりなんていやだなと思いながら、それであくる日、震洋艇を見てくれと、見ろというわけでね。見に行ったら、これがちゃっちな船でね。木造の船でしょう。こんな木っ端みたいな船でね、どういうことをやればいいんだと非常に疑問に思ったですな。
それで日にちが経ってね、訓練をこう徐々に受けていくんですよ。訓練ちゅうて、1艇、まあ基本的には1艇に1人乗りと・・それで、12隻を1組にして1個艇隊ちゅうんですか。それが4個艇隊あって、4個艇隊を一括りにして1部隊と。僕らがなったのは、その1部隊の部隊長ですわ。まあ若いのにね、22ですよ。まだ大学生ね。それでもまあ、兵隊ちゅうところはそういうところで、若くても関係ないと。やる気があればねできるんだと。というようなことで、まあ自分も納得してやりましたけどね。だんだんだんだんね、その震洋艇ちゅうか震洋隊が好きになった。これは不思議ですね。だんだんだんだん愛着が出てきてね、それでなれ親しんできた。で、最後のときには、まあ沖縄行きと。沖縄が玉砕の島だとはね、最初思ってなかった。

そういうことがね、考えられたようだけど、机上の空論というかな。やろうと、やりたかったのは誰一人いないよな。そういうね、脱出方法を最終的に設定しておかないとね、ちょっとね、やっぱり気がとがめたちゅうか、いけないことだと上層部も思ったんでしょう。特攻ちゅうのがまだそんな流行ないころだからね。

 いや、それはね、脱出の方法はね、考えられているけどなかなか脱出はねできがたいだろう。敵前でね、弾が飛んでくる中でね、悠々とね、目的も果たしてないでね、脱出するやつはいないよなというようなことでね、だんだんだんだん納得してきた。

Q:じゃあ、脱出できるとか何とかって言われてたけど。

 うん、あまり関心事じゃなかったです。ああ、そうか、そういうこともできるかちゅう。ハンドルを固定してそのまま行けばいいんだけど、で、自分は脱出すればいいんだけど、今度はね、人が乗ってないとね、とんでもない方向に木の葉のごとく行くんだよ。バーッちゅうてね。こっちのほうに行ったらさ、何にもならないじゃない、敵前でね。だから、そ基地から発進をして、それで敵前までこう隊を組んでいって、それでバラバラになって突っ込んでね。で、大体輸送船、輸送船をね、商船ですね、商船を狙うのが主眼だったですよ。軍艦はとても狙らえないだろうと。鋼鉄の船にね、木っ端のような木造の船がどれほどのあれがあるんだと、そこまで考えたんでしょう、軍令部ちゅうところがね。それで輸送船、

 そういうのこそ震洋艇で十分。震洋隊でやっつけてしまえと。というふうな考えで、やっぱり上陸しそうなところ、沖縄とか奄美大島とか台湾とか、そういうところに全部配備したわけですよ。

 1船にね、1船って上陸用の敵軍の大きな船を。上陸用の船団のまあ母船みたいなものですね。それで、前のほうがパックリ開いて上陸用舟艇を出すわけでしょう、映画なんか見ると。上陸の艇を、パックリ開けて出る前の輸送船をやっつけるのが震洋艇の任務みたいなふうにね、受け取っていましたですね。そういうのに、1隻につき震洋艇が2隻こう体当たりをしてね、沈めると。敵も大痛手でね、一目散に逃げて帰るだろうと。敵って、アメリカがというぐらいの考えだったですな。

 最初、沖縄にね、アメリカが攻め込んでくるなんて思ってなかったから。だから、意気揚々と沖縄に乗り込んでいったわけだ。だんだん、実情がわかってきて。「よし。それじゃあ、そういう運命のベルトに乗ったんだから、それは死ぬのは覚悟の上だ」と。それはみんながそう思ってましたね、兵隊はね。だったら艇もろともだと。若い連中だか

 ツルハシとスコップ、それで発破ね。やっぱりこう、沖縄金武の海岸には山があるわけじゃない。ただ、山襞(やまひだ)がね、バーッと2~3本こう伸びていて、あの海岸線までね。その山襞が若干壕を掘れるかなというような、こう小山に。小山のこうなだらかな襞が、襞みたいなものができていて。その山襞に穴を掘ったんですね。その穴掘りに苦労惨憺(さんたん)していた時期がある。

Q:大変な作業なんですか?

 大変な作業ですよ。もう、あのう、昼夜兼行でね、輪番制で。それで、その輪番制の、何ですか、監督に兵曹長が出てやったり。あんなことをするからね、日本海軍は負けるんだ。段取りが悪くてね。ちゃんと設営隊ちゅうのが行ってるんだけど、設営隊がね、怠けてたのかどうか知らんけど、何にもしてないわけですよ。結局、線引きばっかりしてね、実際に自分たちは掘る力もない。理屈はわかるわけだな、やっぱりそういう専門の集団だから。でも、実際に労力を注入して1本でも2本でも穴を掘ったのは僕ら自身なんだ。実戦、敵が来たら実戦するやつらがね。そんなことでは負けるよ。


Q:豊廣さんとしては、この日に訓練をしようと思った一番の理由は?

 一番の理由は、とにかくその穴に艇を格納しなくちゃいけないと。それには、その辺の草むらに隠してある艇をね、全部一応海に浮かべて、それで海を経由してその穴、防空壕ができたところの海岸に乗り上げて。そこから運んで、車で運んでね。トロッコちゅうか、それに乗っけて運んで。もう大変な難渋ですよ、作業としてもね。そういう作業をやらなくちゃならないから、せっかく艇を海に浮かべたんだから、みんなが期待をしてる、待ちに待ってる訓練をしようじゃないかちゅうていう考えに至ったわけですね。

Q:皆さん訓練したがってたんですか。

 うん、それはやっぱりそうだ。穴掘りばっかりしていて、だれだっていやになりますよ。皆若いんだからね、穴掘りばっかりさせられるよりね、海の大海原に出てさ、訓練で波しぶきをかぶってね、訓練したほうがよっぽど楽しいかわからん。そういうね、本能的なものがあるのはわかっていた。だから、やろうということで。敵機が、敵の偵察機が来るよちゅうのは漠然とはわかってたけど、いつ何時ごろどうのこうのちゅうのはね、司令部が全然おろそかにして、我々に伝えてないんですよな。いろんなことが重なっちゃってね。

Q:現場の判断としては、真っ昼間に訓練をやったら危ないかなとは思わなかったですか?

 それはもう後日談でね、当時としてはそういうことは思わなかったな。それよりも隊員が喜ぶだろうと。とか、ちょうどいい機会じゃないかと。労力は3分の1ぐらいでね、3つの効力が発生するとかね。そういうことを先に思ったですね。敵のそういう爆撃機がね、近海まで遊弋(ゆうよく)してきて、海に出たら大変だと、食われるぞというあれが薄かったんですな。

Q:実際、訓練を始めたら、搭乗員の方ってどんな様子でした。

喜んでましたよ。喜々としてましたよ、波しぶきがバーッとかかるんだから。高速で走るからね。

 バーッと高速で走るのはね痛快でいいんだけど、ちょっと敵機、飛行機が、大型の飛行機があそこを通りまして、隊員が気づいたんですよね。あそこを通りますというのは、島影、湾口にこう島影がずーっと並んでるんですが、その島影にこう隠れるような低空ですね。低空で全然エンジンの音をたてないで、それこそグライダーみたいにスルスルスルスルスルスルスルスルって、僕らの艇とね、艇が行くのとね、こっちはゆったりゆったり走ってたんだけど、それと同じような速度でスルスルスルスル前のほうに出ていく飛行機がいる。「ああ、変な飛行機だな、あいつは。うさんくさい飛行機だな」と思いましたですよね。で、「いや、あれはふだんあまり見かけない日本の飛行艇よ」と。と、最初はそういう認識だった。飛行艇だったら何も害はないと。だが、うさんくさいから、ちょっとやり過ごそうじゃないかと。しばらく止まれと。一時停止的なね。エンジンを切るまでいかなかったけど、クラッチを切って、ソクリョウホウを止めて。じっとね、こう動線を見てみようと思った。そしたら、その飛行艇がね、ちょっと書いたものもあるけど、そのう500メートルですかね、700~800メートルのところでバーッと僕らの前をね、こう、斜めになってね旋回を始めた。バーッと回ってきてさ、真っ正面から僕らのほうに突っ込んでくる態勢をとった。「あ、これは大変だ。何だ。何だろう、敵の飛行艇かな? 飛行艇かな、ちょっと解せないな」というぐらいの程度でね、ちょっと目をそらさないで見ていた。そしたら、バーッとこう目の前、例えば500メートルとか、700~800メートルのところでグラッと傾いてね、まぎり始めたんですな。そしたら飛行艇のね、アメリカのB24のこの尾翼ね、垂直尾翼ちゅうて、こう両端に丸い尾翼があるんですよね。あれ、もう一発でわかった。あれは特殊な尾翼だから。コンソリだちゅうていうことでね。それでね、ようしと、もうちょっとね、これは困っちゃった。「進退きわまれりだな、これは。今からソクリョウを出して逃げたってね、間に合わないしな」ということで。これはもう、艇を捨てるよりしょうがないなと。艇12隻捨てようと。という構図が頭に浮かんだんですよね。だから、もういいからね、艇を捨てろ。捨ててね、君たちの命を現在は優先するよというようなことから、「飛び込め」ちゅうて言ったんだね。

Q:豊廣さんが飛び込め。

 うん、僕が飛び込め。

Q:具体的にどんな指示をされたんですか、そのとき。大きい声で言ったんですか。

 大きい声で言ったって届かない。届かないから僕も飛び込んでみせた。自分がね、真っ先に飛び込むなんてしょうもないと思われるきらいがあるけどね、そうでもしないとね、即刻の行動につながらないです。ぼんやり、あれよあれよ、どういうあれになるかなと思ってるとね、やられちゃう。それこそ、バーッとおりて、飛行機だから。それで、すぐ下のほうの射撃窓口から大きな13ミリかね、20ミリの銃を出してねらうでしょう。のろのろ走ってる震洋艇12隻をみんな狙い撃ちにしたんですよね。だから、そこで総勢19人がそのとき死んだのですね。それが不運のつき始め。

Q:訓練はちょっとすべきじゃなかったかなとか思いました? そのとき。

 思いましたね。失敗したとね。失敗だった。なぜ失敗だったんだ。昼間訓練しちゃあだめだよというのをね、厳命されてなかったな。厳命されておりゃやらないんだけど。ちょうどいい機会だ、このチャンスを逃したらできないと踏んだんですよね。

 特攻で震洋隊の艇がね、生き残って帰ってくるなんて、もう露にも思わなかったですね。やっぱり特攻隊という以上はね、出ていったら当然帰ってこないだろうと。僕は海岸線、海岸べたで寝てたんですよ。どういう報告が来るかなと思ってね。そしたら夜中に、そうですね明け方でしょうね、明け方の4時かその辺ですよね。もうそろそろこう頭が起きて、起き上がってくるころに「部隊長、部隊長」って僕を起こすやつがいる。それが市川兵曹だった。市川ちゅうのはね、先任搭乗員。この人が報告に来て、「いやあ、会敵いたしませんでした」ちゅうていうようなことでね、帰ってきた理由をね簡単にあれして、報告して。「ああ、そうか。ご苦労だった」ちゅうて。「じゃあ、ゆっくり休め」というようなことで、それまでですよ。なぜ、どうして帰ってきたかなぞ、ない。

Q:帰ってきたというのはびっくりしました?

 そう、びっくりしましたね。どっちかというとね。もう一口に特攻隊というのは帰ってこないだろうと、100%帰ってこないだろうと。あのときね、飛行機の神風特攻がいつ・・神風特攻はね、とにかくそれ以後に起きたことなんですよね、多分。わたしが川棚に行ってるときに神風特攻ちゅうのがあったというのを聞きましたけどね。新聞にも載ったし。それ以前に震洋の特攻ちゅうのはね、もう発令されていた。それで、そのために行動を我々は起こした。だから最初に戦果が上がってりゃあ、我々が第1発目の成功談になるわけだった。第1発目の成功談になる先輩としてはコレヒドールがあるわけだ。コレヒドールで何もしなかったでしょう? 何もできなかったでしょう、敵のあれが激しくてね。その次が沖縄だったんですが。沖縄も我々のいた金武湾の2隊ですね。

 2回目はね、井本部隊の艇が帰ってきたのよね。やっぱり途中ではぐれちゃったか、まあ突っ込みはしなかったんだけど、グループから外れてね、帰ってきた艇がある。その艇がね、またよけいなことを報告したんですよね。「今すぐ、即刻出撃したらね、中城湾の沖に敵艦がうようよしてます」と。こんな報告だったですな。表現は別かも、別のあれかもわからん。とにかく、「今出撃するなら敵に必ず、90%会敵します。お願いします」って。自分らはのうのうと帰ってきた。僕はね、1回目に会敵しないで帰ってきたわけだから、「ようし、2回目はやっちゃろうじゃないか」ちゅうようなことで。

 すぐ出撃ちゅうのはね、出撃の司令部の命令なんか待ってたら、待っちゃおれないよと。戦果を上げりゃあいいんでしょうというようなね、どっちかというと今ふうのね、考え方が先行しちゃって。「よし、もう行こう」と。「行け」と。ということで「じゃあ、今度はわたしが行きます」って、中川さんちゅうのが自分で志願したから「じゃあ、中川さん、行ってくれ。おれは一番最後に行くからね」ちゅうていうようなことでね、中川さんを出したけど、これもまた帰ってくるんだね。結果的にね。

Q:2回目もだめで帰ってきたときというのはどう思いました。 2回連続失敗して。

 うーん、帰ってきたのまではいいけど、それを海岸線につないで、つなぎっぱなしでね。
あのね、もうとてもこれは引き揚げてる暇はないよと。引き揚げてる最中にさ機銃掃射が来たり、爆弾が飛んできたりするとね、いずれにしてもね、爆弾を抱えてる艇だからもう一発ですよ、とね。そこまでやれないと。じゃあどっか隠せというようなね、ということで、

 ユナギの木ちゅうんですか、沖縄の特殊の木が枝を出してね、上空から見るとね、艇が隠れるんじゃないかと思うようなところがあったの。で、そこに隠せと。艇を隠してしまえと。それで擬装をね、しっかりせいと。というようなことにしたと思います。したんですよね。そのようにしたと。それは、完全に、どの程度完全にしたのか。その結果、でき上がりを僕は見なかったからね。満足できない状態でほったらかしていたのか。もう早かったですね、艦載機が、空襲が。

Q:岸に戻ったらすぐ。

 ああ、もうすぐ来るぐらいの。朝飯を食う暇もないぐらい。だから、ちょっと隠しおおせないところがあったのかな。それが発見されて、1発機銃掃射を受ければね、もう全部、爆弾を抱えてるんだから、1発ボーンといきゃあおしまいですよ。原爆じゃないけど。そういう状況で、2回目出撃をした12隻が全部やられたですな。1隻も残らないで。

 もう本当に、神隠しに遭ったように、艇がね1隻も。大爆発を起こして、なかった。昼間ね、防空壕にいるときね、ものすごい大きな揺れちゅうかな、爆風が過ぎたような気がしたんですよ。ああ、随分きつい爆風だなと思って。それはね、震洋艇が12隻だったんだか、10隻だったんだか、みんな爆弾が一緒に爆発したんですね。あれは震洋艇の爆弾、爆装ちゅうのは、えーと幾らだったかな、資料を見りゃあある。

Q:250。

 250。250が10隻にしてもね、2、000~3、000トンの爆弾が落ちたような爆風になっちゃうわけですよね。そういうことでね、あのときはがっかりしましたですね。ああ、これは失敗したなと思ってね。余計なことをしないでおけばよかったとかね。それを司令部に報告をしたかどうか。報告すべきではあるんだけど、報告したかどうかもわかんないね。その当時の資料が、電報つづりでも見ないと、したかしないか確認できないね。

 艇を、海に浮かべることがね、もう至難のわざにだんだんなってきたの。というのは、爆撃であちこち穴があいてるわけですよ。そこのところをね、よけて、それで爆装したちゅうかな、400キロの爆弾を中に抱えたね、震洋艇を海に引きずり出すと。これは大変な作業ですよ。それをさ、12隻一緒にやれなんて言われたってね。自分らが体験してない、命令だけ下してる人たちの考えじゃあね、簡単だろうけどね、そうは参らないわけです。だから6隻ぐらい、浮かべるのがね、もう精一杯ですよね。最終的にはね、僕が最後的に出撃したときはそうだったですね。

 これがリヤカーね。で、これへ前のほうに400キロかな、三百何キロだけど、を積んでいるあれで。自重があるんだから脆弱なリヤカーだとね、へしゃげちゃうのよ。そのなぜへしゃげるかちゅうとね、陸上から爆薬を積んでね、重い状態で砂浜におりていくとね、砂浜がこう整地されたりコンクリートで固めてないからね、凹地にドスンと入っちゃうの。この車輪がね。と、そのリヤカーがね、こんな鉄パイプでできたようなリヤカーなもんだからね、ぜい弱ね。

Q:実際に出撃予定時刻に間に合ったのは結局何隻でした?

 予定時刻に間に合ったのは5隻。

Q:5隻というのはやっぱり相当少ないですか。

 少ないですね。しかも隊長が指揮していくちゅうからね、隊長が指揮していくのは12隻出なくちゃいけないんだけど、12隻出すにはもう夜中回っちゃうからね。

 5隻こう単縦陣でね、出ていって。そして、やっぱり敵は近くにありというような感覚があったもんだから、あまりね派手なね、行動をするとめっかるだろうと。だから、岸辺に寄ったような格好でね。そういう陸地に寄り添うような格好で行くと目立たないんですわな。行って、そして、ずっと湾口に向かってね・・湾口ちゅうて、本当は湾口じゃないんだけど。島の間なんですけどね、を抜けて外海に出ればいい。外海に出るまでね、またこれが金武の基地から外海に出るのが大変なんですよ、これは。1時間か1時間半ぐらいかかるけどね。あんまり高速で走ると水をかぶってエンジンがストップするから。ボロ兵器だからね。で、エンジンが止まらない程度に速力で走って。
 そしたらね、やっぱりこれはもう後の祭りだけど、金武に行ってね訓練を、昼間は1遍、3月14日にやったんだけど、あれじゃなくてね、夜ね、夜の状況、夜の見え方をね、本当はね、繰り返し繰り返しやっぱりやって頭に入れておかなきゃならんでしょう。 それをやってないもんだからね、僕自身が判断をミスったんですよね。その、金武湾のね、金武湾のあそこの出口のあたりにね、アメリカの輸送船、輸送船ですね。輸送船みたいな大きな岩がね、ドカーッと2つぐらいあるわけですよ。ちっこな、ちっこい岩がね、また数個、数十個だかなあって、これ、アメリカが金武湾の入り口付近に上陸中というね、想定が・・それに引っかかったんですよ。

だから、それに向かって突っ込んだ。ずーっと突っ込んだんです。突っ込んだら、途中までその攻撃をしかけたところでね、「ああ、これはおかしい」というのに気づいて。それで、ちょっと止まれ。

   
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by naniwa-navy | 2011-10-05 10:15 | 戦記
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