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なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
日記5月4日
購読会員のブログに次の記事がありましたので転載します。
「神野正美さんの『空母瑞鶴』を借りてきました。
瑞鶴のご真影運び出しの詳しい状況がわかりました。
総員上甲板命令が出てから、副長からご真影の運び出しの命令を受けたのは庶務主任の大畠永弘さんです(当時、少尉か?)。
戦闘開始前に最下甲板の高角砲発令所に移してあったお写真を、艦橋から取りに戻ろうとしたけれど、下から上がってくる機関科員、応急員のために難儀していたところ、一人の兵隊が箱入りのお写真を持って上がってきてくれたそうです。
副長附甲板士官だった足立喜次中尉(兵72期)も貝塚艦長から「お写真を上げろ」と命令され、甲板下へ向かったそうですが、下から上がってきた兵員に、「お写真は上に上がった」と教えられ、下には行かなかったようです。
総員退艦のときになって、左舷甲板上にいた大畠さんと足立中尉は一緒に海に入ります。足立中尉も艦長にお写真のことを命じられていたことから、お写真を背負っていた大畠さんと一緒にお写真を守ろうと思われたのではないでしょうか。
重油の海を泳いでいると、『初月』が救助にきました。しかし、お写真を背負っている大畠さんや足立中尉には気づかずに、泳いでいる人間の三分の一ほどを救助して去っていったそうです。
このとき取り残された人たちはどんなにがっかりし、絶望したことかと思います。 そのまま2時間ほど、うねりに身を任せて材木につかまっていると今度は『若月』がやってきました。 大畠さんは、今度こそ乗らねば、と思ったそうです。
「足立中尉、泳ぎましょう」
「よし泳ごう。お写真は大丈夫か。おれが持って行こうか」
「大丈夫です」
このとき大畠さんは、どうせお守りして泳ぐならば最後まで自分で持って泳ぎたい。人に渡すのは残念だ、という気持ちで足立中尉の申し出を断ったということでした。
ところが、やはりお写真を持って泳いでいると、どうしても遅れがちになり、だんだん足立中尉に離されてしまいます。
「おーい! 庶務主任早く来いよ」
待っていてくれたので泳ぎつきます。
「おれが持って行ってやろう」
ここでやっと大畠さんも意地を張っていられないとお写真を足立中尉にゆだねます。
100メートルほど泳いで、やっと『若月』に救助されました。 』
以上がブログの記事ですが,先に『初月』救助された瑞鶴乗員は同日『初月』と運命をともにしました。
by naniwa-navy | 2008-05-04 11:11 | 日記
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