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なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
日記海軍兵学校連合クラス会慰霊祭
6月9日の海軍兵学校連合クラス会慰霊祭のおいて70期の三浦先輩が祭文を奏上されたが,そのコピーを三浦先輩から頂いたので,先輩のご了解をえて次に掲載します。

                祭文
本日ここに全国の海軍兵学校連合クラス会会員が集まりまして、長い帝国海軍の歴史を顕彰し、靖國神社に鎮まります兵学校の英霊に参拝する事になりました。謹んで申し上げます。
明治二年第一期生が誕生して以来昭和二十年帝国海軍が解散するまでの兵学校の卒業生、在校生の総数は約二四、六〇〇名であります。
日清、日露両戦役に於ける戦死者は約200柱、大東亜戦争に於ける戦死者は約3000柱でありました。
帝国海軍は固い家族的な同期の結びつきを伝統としましたが、・戦後縦の同窓会が生まれまして連合クラス会と名付けられて活溌(かつはつ)に活動して参りましたが、アンカークラスも八十歳になりましたので、本大会を以てこの連合グラス会の幕を閉じる事になりました。海軍の伝統は防衛省に引き継がれましたが、明治から百四十年を経て兵学枚の同窓会が姿を消す事になり、寂莫(せきばく)の情深いものがあります。英霊諸兄のご了承を賜りたいと存じます。
兄等は日清戦争黄海海戦、日露戦争日本海海戦の輝く勝利により極東の小国であった我が国を欧米列強に並ぶ一流国に昇格させました。兄等の功績は永く後世に語り継がるべき「坂の上の雲」であります。
昭和六年満州事変から昭和十二年に始まる大東亜戦争を総括して十五年戦争と呼ぶ歴史家がいます。この長い戦いは正しく自存自衛の戦いでありましたが、止んぬる哉、遂に全国を焦土と化し、三一〇万人の死者を数え、剰(あまつさえ)え人類史上初めて原子爆弾を広島と長崎のド真ん中に投下されて筆舌に尽くし難い惨禍を蒙りました。
敗戦は天皇のご聖断によってようやく終戦を迎えましたが、日本民族はこの惨たる悲劇から反省と教訓をしかと後世に伝えなければなりません。この十五年戦争の英霊は胸中ふつふつと燃える「明日への遺言」をあたためておられると思います。我々その憂国の遺言を会得しなければなりません。
史家は歴史の訓(おし)えの一端をあげています。曰く、
一つ 固内政冶の統合をはかる為には陸海軍の最高指揮官は総理大臣でなければならなかった。「天皇は陸海軍を統帥す」とある明治憲法の条項は大正時代に改められるべきであっ。
二つ 国際的に孤立するが如きは絶対に避けるべきであった。国際連盟から追放された傷は大きかった。
三つ 情報合戦に於いて我が国は他国に著しく劣っていた  
等々であります。
繰り返しになりますが.この十五年にわたる戦争の歴史をしっかりと見直して.真剣に歴史に学んで、反省を子孫に伝えなければ英霊に安らぎは見られないでありましょう。
翻(ひるがえ)って昭和十六年太平洋戦争の劈頭(へきとう)、南方攻略作戦に於いてハワィからマレー半島にかけて陣を進めて欧米の勢力を東アジアから一掃しました。日露戦争日本海海戦の勝利ともども、見てとった結果、東アジア諸国は物心共に変わったと言われています。
今日東アジア諸国の経済カは目を見張るものがあります。経済学者はアメリカが風邪をひいても、最早、東アジアはくしゃみをしなくなったと申しています。帝国海軍の勢いと威力が今日の東アジアの躍進に大きく力を貸したのであります。
さて、激流の二十世紀を経て近未来の我が国は.日米同盟に防衛のベースをおき乍ら、この躍進する東アジアに羽を拡げております。外交、防衛.経済.環境等多くの問題をかかえておりますにも拘らず、国内の政争.党争のために政治の多くの勢力を割かれている情況にあります。憂慮に堪えません。
海軍兵学校在天の英霊諸兄のお加護を賜ります様、その連合クラス会解散に臨んで衷心お願い申し上げる次第であります。
平成二十年六月五日
海軍兵学校連合クラス会第八回全国大会慰霊祭に於いて
第七十期 三浦 節
by naniwa-navy | 2008-06-12 22:04 | 日記
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by naniwa-navy
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