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なにわ会のブログ

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日記 12月16日 上原氏の「回天に賭けた青春」
12月16日
この日の戦没者なし

この日の戦後物故者。
 河口  浩 平成8年 12月16日 逝去
  河口 浩君を偲んで  富尾 治郎の ↓ の記事がある。
   http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-kawaguti-tomio1.html

 なにわ会HPが開設以来5年と10ヶ月(2125日)でHIT数17万件を突破しました。
 1日平均80件です。
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 有志会員の上原光晴さんが12月初め、学研から『「回天」に賭けた青春―特攻兵器全軌跡』を出版されました。420頁で 19cm(B6判)  定価2,500円(税別)です。
  目次は
  序 章 原案をつくる五人の少・中尉
  第1章 黒糸縅の若武者たち
  第2章 潜水艦戦の敗北まで
  第3章 甲標的から人間魚雷「回天」に賭けた青春   
  第4章 先陣を切る菊水隊、続く金剛隊
  第5章 光基地を重点に部隊編成
  第6章 魚雷併用の洋上攻撃へ
 終 章 大津島をわたる風

  要旨 
  丹念な取材と史料の精査で“真実"に迫る「回天戦記」の決定版です。
 広範な聞き取り調査と徹底した史料の精査、二度と書き得ぬ「回天戦記」決定版!決死必中から必死必中への道程、優れた素質に恵まれ、洋々たる前途が開けていた若者たちによる、回天や神風といった悲劇を二度と起こしてはならない。平和への熱い願いをここに確認するとともに、なぜ戦争に立ち至ったか、戦争を起こさないためにはどうすればよいか、回天戦記を土台にして考えていただければ幸いである。

 上原さんから頂いたメールと葉書から
「これまでのウルシー戦記に誤りがありまして、亡き小灘さんからご教示を賜りました。また、この件では拙稿を山田穣さんにお見せして、正解とのご返事をいただきました。山田さんからは伊37潜と伊48潜の知られざる、それも充分にありうる死闘のデです。ータを教えていただきました。米側からの写真(自爆した回天の残骸を米海軍少佐らが点検している構図)を載せるなど新しいデータを入れ、充実させました。これまでの類書の誤伝も訂正してあります。72期の皆様方のご活躍をご紹介いたしております。人間愛、祖国愛の極地がテーマです。ご高覧賜われば幸いです。」
by naniwa-navy | 2010-12-16 04:29 | 日記
日記 12月15日
12月15日
この日の戦没者 66年前 昭和19年
 杉山 充彦(桃 駆逐艦)
  比島西方海面で敵機・敵潜の攻撃を受け消息を絶つ
 太田 雄三(201空 戦闘機)
  神風特別攻撃隊第9金剛隊として比島ミンドロ島沖の敵機動部隊に突入戦死(零戦)
 本間 倫夫(攻 5 偵 察)
  敵空母攻撃の為基地発進、比島パナイ島で敵機と交戦戦死

戦後物故者なし。
by naniwa-navy | 2010-12-15 05:03 | 日記
日記 12月14日
12月14日
この日の戦没者 66年前 昭和19年 なし
 片岡 啓造(201空 戦闘機)
  神風特別攻撃隊第5金剛隊として比島ミンダナオ沖の敵艦に突入戦死(零戦)
 神保 政夫(戦804 偵察)
  索敵攻撃の為基地発進後、比島スルー海で消息を絶つ(月光)
 粒良 久雄(鹿屋空 陸攻操)
  飛行訓練後、宮崎基地に着陸時エンジン発火墜落し殉職(一式陸攻)

この日の戦後物故者なし

左近允尚敏君から次のメールを頂いた。
 「昨日池田君から電話をもらったときも聞いたのですが、彼の一代記(戦争体験中心?)を読売の記者が取材を重ね書いて光人社から出版したそうです。ブログで紹介されてはと思い、お知らせします。」
 この件については既に8月19日のなにわ会ブログで紹介しているが、念のため再度紹介する。
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  本の名前  軍艦「矢矧」海戦記 建築家・池田武邦の太平洋戦争
  著者名   井川聡
  書籍紹介  新鋭軽巡洋艦の誕生から沈没の日まで466日の生涯
        にわたって艦橋に立ち、太平洋戦争後半の三大海戦に
        参加した若き士官―戦後、日本の超高層建築時代を拓
        いた建築家が初めて語る苛烈な戦場体験。
        21歳の海軍士官が見た日本海軍の最期。
  価格    2,415円
  目次    第1章 江田島精神
        第2章 マリアナ沖海戦
        第3章 レイテ沖海戦
        第4章 沖縄海上特攻
        終 章 魂は死なず出版社名
  発行所   光人社
  発行年月  2010年8月
  ページ数  445ページ/20cm

齋藤義衛君から頂いたメールの中から。
「機関科の飛行機乗りは20名、その内戦闘機乗りは10名、そして7名が戦死、戦後病没2名で現存は安藤のみ。その安藤が昨年以来入退院を繰り返し、目下足立区の老人施設。彼とは記念誌を二人で編集したりして取り分け近親の仲。毎月見舞っていたが夏以来面接も叶わす悲しい、筆記が交流の手立てなるも。今更携帯メールも薦められない。」
by naniwa-navy | 2010-12-14 05:39 | 日記
日記 12月13日
12月13日
この日の戦没者 66年前 昭和19年
 小松 弘(201空 戦闘機)
  神風特別攻撃隊第2金剛隊として比島ミンダナオ沖の敵艦に突入戦死(零戦)

この日の戦後物故者なし

 京都在住の山本省吾君から丁重なメールをいただいた。その中の一部を転記する。
「毎日、ブログを見ていますが、貴兄のお陰で、よく、ここまで継続しており本当に感謝しています。クラスの人々も弱ったり、亡くなったりして減る一方で寂しい限りですが、一方遺族やその他の若い人たちが、HPやブログに関心を持ち、ファイルを開いてくれ、どんどん増えているのは有難いことです。戦争の実態が少しでも分かってもらえば幸いです。ぜひ来年も引き続き健康な限り、宜しくお願いします。
 会誌のほうも、私の希望としては単に事務的な報告ではなく、ブログの面白い情報や会員の動向など出来る範囲内で載せてもらえば、PSの出来ない人はきっと喜ぶことと思います。
 最後に私の方ですが、年々老化速度が進んでおり、最近は脚が弱って歩くのが大変です。
 昨日、京都のセブンティ会で小西君に逢いました。彼は元気で奥さんの世話をして買物に出掛けたり、1時間近く掛けて教会の経理監査を続けたりしていて、まだまだ頑張っているようです。」

 昨日は齋藤義衛君が書き込んでくれて、嬉しかった。多数の会員が書き込んで呉れること、お願いします。(何でも結構です。近況でも、思い出でも、簡単でも詳細でも)
by naniwa-navy | 2010-12-13 05:01 | 日記
思いで、機・齋藤
本日のNHKののど自慢放送は佐賀県の鳥栖市であった。見ながら戦中の二度の元旦を思い出す。諸氏も戦中迎えた元旦は忘れえぬ事と思う。私は19年の元旦は能代でのカビエン沖の対空戦闘であったが、20年の元旦は夜汽車で早朝着いた佐世保の駅頭であった。比島沖海戦で沈没生還(能代)した私は、その後妙高に便乗しシンガポールへ。そして梶原部隊としてチャンギー要塞のの裏手のローヤン収容所で待機の後、12月初旬内地に帰還。宵月ぎ装員を拝命し浦賀造船所に着任。(コレスは堀剣二郎航海長)
暮れも押し迫って、佐世保に在泊中の同型艦春月を調査視察すべく中尾艦長にお供して佐世保出張の事となる。、空襲に明け暮れる東海道線・山陽線を長時間乗り続け佐賀県の鳥栖駅にたどり着いたのは大晦日の除夜の鐘の頃、駅長室のストーブで暖を取りつつ始発便を待った一時を忘れない。
by naniwa-navy | 2010-12-12 13:59
日記 12月12日
12月12日
この日の戦没者 66年前 昭和19年
水上 源一(戦401 戦闘機)
直衝を終え比島クラーク基地帰投時、他機に追突墜落し、戦病死(零戦)

この日の戦後物故者なし
中垣 義幸 平成9年 12月12日
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昨日齋藤義衛君の「比島沖海戦 機関科の戦闘(10月初めブログ寄稿の記事)をHPに取り込んだ。
by naniwa-navy | 2010-12-12 05:54 | 日記
日記 12月11日
12月11日
この日の戦没者 66年前 昭和19年
 前田 政夫(卯月 駆逐艦)
  比島方面作戦(第9次多号作戦)中、比島オルモック湾で来襲した敵機と交戦、沈没戦死
    (卵月は敵魚雷艇の攻撃により沈没したと言う節が多い)

この日の戦後物故者なし。

昨日は堀剣二郎君の書き込み、あらい様のコメントを頂き、とても嬉しかった。
by naniwa-navy | 2010-12-11 04:55 | 日記
藤範純二君の思い出         堀 剣二郎
 昭和19年の今日潜水艦で戦死した藤範君のご母堂は御子息を偲んで多くの短歌の秀作を残しておられる。そのうちから紹介します。

  征く前夜 ジョスランの子守歌弾きていし子の紅顔よ いかで忘れぬ

  百千尋 海の底いを尋ね行かば 会いあわん子ぞ 征けるまぼろし
by naniwa-navy | 2010-12-10 18:22
日記 12月10日
12月10日
この日の戦没者 66年前 昭和19年 
 藤範 純二(伊365 潜水艦)
  19.11.1小笠原東方海面に向け横須賀出撃、11.25無線連絡後消息を絶つ(戦死認定)
 (米潜スカッパード フィッシュに水上航行中を発見され雷撃を受け19.11.28沈没:米軍資料)
 濱田 正俊(佐伯空 大艇操)
  豊後水道対潜哨戒に発進後九州南方洋上で消息を絶つ(二式練艇)

戦後物故者なし

 左近允尚敏君から大昔、昭和28年5月藤沢の加藤孝二君宅で写した ↓ の写真を送ってもらった。
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未だ30歳前後、若いですね。何故か皆嬉しそうな顔をしていますね。
後列 飯沢 治、池田武邦、中田隆保、猿田松男、加藤孝二、左近允尚敏、伊中四郎
前列 來島照彦、渋谷信也、小島(安藤)末喜(10人中5人健在)

 窪添龍輝君から4号以降のなにわ会だより配布のための年会費の振込表を送ってもらった。
今までに納付されたのは、次のとおり合計207名である。
会員     101名(兵80名、機12名、主 5名、会友 4名)
物故者遺族  43名(兵35名、機 2名、主 4名、会友 2名)
戦没者遺族  57名(兵52名、機 5名)
有志      6名 
4号からはこの207名に送付する。
by naniwa-navy | 2010-12-09 22:22 | 日記
日記 12月9日
12月 9日
この日の戦没者・戦後物故者 ともになし

昨日パソコンの文字入力が突然「かな入力」に変った。何時も「ローマ字入力」を使用しているので、「かな入力」では上手く入力出来ない。然し、「ローマ字入力」に戻す方法が分らない。やっと見つけて戻すことが出来てホットした。
Altをおさえて言語バーのkanaをクリックして戻った。ご参考になれば幸いです。
by naniwa-navy | 2010-12-09 04:46 | 日記

by naniwa-navy
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