なにわ会のブログ

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日記 6月20日
6月20日
戦没者 67年前 昭和19年 
 石間正次郎(瑞鶴 空母)
 あ号作戦中、マリアナ西方で敵機動部隊と交戦中、被弾戦死

66年前 昭和20年  なし

戦後物故者なし

 なにわ会HPの閲覧数は現在まで187,216件に達し、取り込み数は1,445件に及んでいる。多数とりこんだので、見にくくなって来た。そこで先日から戦記、戦没者記録、物故記録を整理して、戦記7、戦没6、物故8に分類した。そして、会誌からニュース、なにわ会だより迄105件の目次をHPに取り込んだ。これでニュースの記事を見つけ易くなったと思う。

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椎野画集の説明
 医学的にみれば風邪・煙草・メタボ等が萬病の原因だろうが、ストレスも一因だ。かかえているストレスは人それぞれ異なるだろうが誰にでもかかる社会的ストレスも馬鹿にはならぬ。この頃の時世、一年を表現する代表的な一字は『偽』なんて清水寺の和尚さんが年末に墨書していた。偽装・偽造・と偽の氾濫。日本人の心の劣化を慨嘆する老人にはこれ以上のストレスはない。音楽をききながらトランプ占いして気をまぎらす以外に手がないではないか。
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by naniwa-navy | 2011-06-20 05:59 | 日記
日記 6月19日
6月19日 
 昭和19年6月19日は太平洋戦争の「あ号作戦」で日本海軍の空母部隊が壊滅した日である。この作戦で航空母艦 大鳳、翔鶴、飛鷹を失って作戦は失敗した。

戦没者 67年前 昭和19年 
 高木滋男、靍田 功(大鳳 空母)
 「あ号作戦」時マリアナ西方に於いて第1次攻撃隊発進後、敵潜の雷撃を艦首に受けたが戦闘航海に支障なく航行中、原因不明の大爆発が起こり沈没戦死

小尾清彰、野村 繁、三田 進、森 茂樹(翔鶴 空母)
 「あ号作戦」時マリアナ西方に於いて11時20分頃敵潜の雷撃を受けたが応急修理のうえ、戦闘航海を継続中、逐次被害増大し、14時30分頃遂に沈没戦死

66年前 昭和20年 
江崎良則(332空 戦闘機)
和歌山南方で 和歌山県上空を哨戒中、B-29に遭遇、交戦戦死(雷電)

戦後物故者なし

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椎野画集の説明
 子供の頃のオヤツはランドセルを投げ出して一銭玉を握って駄菓子屋え一目散。一ツマミまけてもらった唐豆、パンダみたいにサトウキビを噛り、家ではかきまぜ棒の引き上げどきがむつかしくペチャンコになったカルメラ、火箸の丸坊主で引き延ばした欠餅だった。野山では解毒用に塩をなめなめ野イチゴや青梅を食べた。自分で作ったゴム銃で雀を落とし母親に焼いてもらった。現今ではコンビニで多種豪華なお菓子棚からよりどりみどり坊やが母親の籠にほうり込んでいる。時勢の差とはいえどちらの子供が幸福だろうかと思う。
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by naniwa-navy | 2011-06-19 06:15 | 日記
日記 6月18日
6月18日 
戦没者なし

戦後物故者
 大河原茂美  平成09年6月18日逝去
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椎野画集の説明
「いや陽は又昇りますよ」と励ましてくれた後輩が去年脳梗塞で先に沈んだ。GNPは嘗ては日没するところの中国に蹴落とされるし、頼りない「二位ではダメなんですか政権」の落日寸前、とてつもない津波が来た。ますます浮揚は大変だ。昇るのはイチローと遼君だけだろうか?
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by naniwa-navy | 2011-06-18 07:18 | 日記
九九式艦爆11型
深井良の甥紳一です。書店に「日本陸海軍機大百科 第46号 九九式艦爆11型」アシェットコレクションズ 1990円が並んでいます。1/100の模型と冊子のセットです。伯父や山田さん、東條さん他艦爆練習生が百里で練習した新型の22型ではありませんが、真珠湾攻撃から高い命中率の急降下爆撃で活躍した名機です。下の写真は22型で、後席の電信員のキャノピーが11型より長くスマートに改良されています。
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 画像/東條重道さん蔵
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by naniwa-navy | 2011-06-17 22:44
日記 6月17日
6月17日
戦没者なし

戦後物故者
 品川  弘 昭和53年6月17日 逝去
 浦本  生の「品川 弘君への弔辞」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-sinagawa-uramoto1.html

 加藤 孝二の「品川 逝く」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-sinagawa-katou1.html

 編集部の「品川を偲ぶ会」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-sinagawa-hensyuubu1.html

 茂木  允 平成18年6月17日 逝去
 泉  五郎の「茂木 允君への弔辞」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-motegi-izumi1.html

 昨日、歩こう会 平塚「花菜ガーデン」散策会が行われ、フラワーゾーンで「ゆり」、「ばら」などを観賞して来ました。
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参加者は写真の八名です。
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後列、左から深尾秀文、幸田正仁、中井末一、浦本 生、高田俊彦
前列、左から品川夫人、深尾夫人、伊藤夫人
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椎野画集の説明
 この帽子はゴ自慢なのだ。自分で染めてリボンと錨のボタンは小間物屋で、徽章は船具屋で求めた。旅行中、長崎の出島の停留所で電車を待っていたら反対側の停留所の見知らぬオッサンが「その帽子、俺に呉れ」と叫んだが「世界に一つしかない帽子だからやれん」と謝った。酔顔のオッサンの帽子を欲しがる心情を知りたいとも思ったが・・・・。
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by naniwa-navy | 2011-06-17 06:18 | 日記
日記 6月16日
6月16日
戦没者 67年前 昭和19年 
 山本幸一(輸128 輸送艦)
 ニューギニア北西でソロンに向け航行中、敵機の攻撃を受け沈没戦死

 66年前 昭和20年  なし

戦後物故者になし

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椎野画集の説明
 私の父はポッポ屋でしたから子供の頃は線路の側で育ちました。枕木をかためる鶴嘴の線路工夫や、ヨイトマケのオバサンの掛け声を聞くのが好きだった。「帯は解けても心は解けぬー、ヨーイ、ヨーイ、ヨイトナー!」なんてね。意味を母親に尋ねたら『大人になったらわかる』と一蹴された。
 正面の自転車を持っている絣の着物の子供は私なんです。
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by naniwa-navy | 2011-06-16 04:59 | 日記
日記 6月15日
6月15日
戦没者・戦後物故者ともになし。

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椎野画集の説明
 私の好きな京都は桜や紅葉や詩歌管弦の華やかさではない。
「羅生門」や血風吹きすさぶ鴨川の生首やオドロオドロの魔魅の妖気が染みこまれた京都が大好きなのだ。山鉾巡行を観ていても絢爛たる長刀や月よりも役行者山や山伏山の方が興趣が湧く。この絵のオバサンのファスナーはもっともっと開いていた。一心不乱の後姿に電気が走り一瞬の間の歴史を感じたのだ。
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by naniwa-navy | 2011-06-15 06:01 | 日記
日記 6月14日

6月14日
戦没者・戦後物故者ともになし。

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椎野画集の説明
数学をやっていれば論理的な考え方が出来る。ラグビーをやっていれば一人よがりにならず、人との協和がどれだけ大事かという事もわかる。一人のミスがどれだけ他人に迷惑になるかもわかる。浮ついた俗理・俗論・俗情に流されないドッシリとした人間になって欲しいと孫に願う気持ちなんだ。
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by naniwa-navy | 2011-06-14 05:24 | 日記
日記 6月13日
6月13日
戦没者なし

戦後物故者
 高杉 敏夫  平成22年6月13日逝去

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 椎野画集の説明
私の小学生頃の権威とは喧嘩に強いこと、相撲に強いこと、リレーのメンバー、ピッチャーで四番、ドッチボールが旨い、剣玉が上手、高所からの飛込、etc。級友のタケシ君は木登りが得意だった。登りにくい杉や竹でもスルスルと足裏に吸盤があるのではないかと思うほど上手だった。私はどうしてもタケシ君より上には登れず見上げては劣等感をもった。椋の大木を見るといつも彼を思い出す。
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by naniwa-navy | 2011-06-13 05:23 | 日記
海軍兵学校2学年時の歌
泉 五郎君から次の海軍兵学校2学年第54分隊時代の歌詞を頂いた。

作詞 巻 石蔵(72期)
作曲 田中公夫(71期)

流離の定め人のせ世に  有情四十の丈夫が
奇しくも結ぶ一年の   名残を長く留めんと
森の木陰に夢の花    乱れて咲きぬ五十四

君知れりや丈夫の    期せし覇業は難くとも
遂げずば止まじ胸に湧く 若き血潮の雄叫びに
見よ古鷹の峯高く    北斗の空も揺るぐなり

ああよしさらば暁の   海に鍛えん此の腕
血に固めなん此の契り  伝統此処に創む可く
必勝の気に燃え立ちて  今ぞ勝利の道を行く


作詞 宮地(冨士)榮一(72期)
作曲 田中公夫(71期)

貴様は九州薩摩芋    俺は東北雪達磨
だけど今では江田島の  北も南も戦友だ

貴様はバテレンクスチャン    俺は真言ナンマイダ
それも今では糞喰え   俺にゃ貴様が仏様

貴様は髭面親爺殿    俺は可愛いお稚児さん
それも同じ三号の    泣くも笑うも風任せ

何の縁か同じ世に    俺だ貴様と呼び合って
飯を分け合う縁じゃもの 閻魔の前でも俺貴様
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by naniwa-navy | 2011-06-12 05:18 | 思い出

by naniwa-navy
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