なにわ会のブログ

海軍兵学校72期海軍機関学校53期海軍経理学校33期
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日記 6月12日
6月12日
戦没者
 67年前 昭和19年 
  菊地 修(鴻 水雷艇)
  船団護衛中、サイパン沖で敵機動部隊の空襲を受け沈没戦死

 66年前 昭和20年  なし

戦後物故者なし
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椎野画集の説明
 この頃、次々と三人の孫が生まれたのでお宮参りが多くなった。必然的に若い母親やお婆さんの着物姿に目を引かれた。描いてみたくなった。特に後姿を。締めた帯の様子がよくわからないので着物姿を追っていたらキツイ目付で睨みつけられたこともあった。口の悪い友人は「女のケツを描かせたらピカ一ですよ」と宣伝されて少々恥ずかしかった。「貴様の絵を見たらムズムズしてきたよ」と白状した正直な奴が何人かいた。そうさせたいと思いながら描いた卑しさがそうさせたのであろう。呵々。
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by naniwa-navy | 2011-06-12 05:11 | 日記
日記 6月11日
6月11日
戦没者
 67年前 昭和19年 
 伴 弘次(901空 大艇操)
 船団護衛の為台湾で離水直後、墜落殉職(九七大艇)

 押本直正の「伴 弘次君の最後について」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senbotu-bann-osimoto.html

 次の伴 弘次の日記等が有る。
 思い出草(海軍兵学校生徒伴弘次の日記)その1(第1学年時) 
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/kaihei-omoidekusa-bann-sono1-1.html

 思い出草 その2(2学年時代)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/kaihei-omoidekusa-ban-sono2.html

 思い出草 その3 追加
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/kaihei-omoidekusa-ban-sono3.html

 思い出草(その4)航空隊の部
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/kaihei-omoidekusa-ban-sono4.html

 片岡 紀明氏の「ネイビーブルーの残影(伴 弘次中尉)」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senbotu-bann-neibi-1.html

 66年前 昭和20年  なし

戦後物故者
 土岐 宗男  平成11年6月11日逝去

小灘裕子さんから次のメールを頂いた。
「「先日(5/14)の県民小ホール「Kyupic ピアノ協奏曲コンサート プロオーケストラとともに」は、お天気にも恵まれ、お陰さまで盛況、好評をいただく事が出来ました。
長い準備期間の苦労が報われた思いで、ほっと致しております。
(写真を3枚添付されていましたが、1枚掲示します。)
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中央の花束を持っている)のが、小灘裕子さん、もう一人花束を持っているのが、中島良能さん(指揮者)です。
今回、72期の方からも、励ましをいただきました。」

故押本直正君が「なにわ会ニュース」64号から73号にかけての連載記事「夢幻」の大部分をHPに取り込みました。

椎野画集(平成9年年賀)
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 「おいどは太目の人がいい」を「椎野サンは肥えた女が好きなんだナー」と解釈する人が関東の人に多くてガッカリした。関西ではお尻のことをおいどという。おいどをおいどんと思ったのだろう。
 柳腰ならまだ情緒があるがマネキンより細い足・腰の今風の若い女を見ているとクラゲのような宇宙人を連想してリツゼンとするよ。
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by naniwa-navy | 2011-06-11 05:28 | 日記
訃報 冨田岩芳君
訃  報
 冨田 岩芳君(主計科)が平成23年6月6日(月) 2029 肺炎で逝去された。
(2週間前から検査入院中のところ肺炎を起こし逝去)
葬儀は、家族葬にて、6月10日、聖イグナチオ 教会にて相済ませました。
喪 主  林 明子 様(長女)
後日「偲ぶ会」が行なわれる予定
(高田俊彦君からのメールによる)
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by naniwa-navy | 2011-06-10 19:46 | 訃報
永代神楽祭
6月4日の永代神楽祭の写真やっと取り込めました
     軍艦旗をバックに
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元気に神戸から参加された92歳の牛尾佐和子さん(中央)と妹の和子さん(左)
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     左から高松道雄、門松安彦、樋口 直
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         小林 勝
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by naniwa-navy | 2011-06-10 12:45 | 写真
日記 6月10日
6月10日
戦没者 
 67年前 昭和19年  
  真崎三郎(谷風 駆逐艦)
  敵潜掃討中、タウイタウイ沖で敵潜の雷撃を受け沈没、その際重傷を負い収容後戦死

 66年前 昭和20年 
  熊川 博(熊野 巡洋艦)
   熊野は敵潜の攻撃を受け沈没、その際救助されて比島に上陸後横鎮付となり、その後マラリヤに罷り戦病死

 森実貞雄(伊122 潜水艦) 
 穴水に向け舞鶴発回航中、20.6.10石川県緑剛岬の120度6浬で消息を絶つ(戦死認定)
 (米潜水艦スケートの雷撃により沈没:米軍資料)
 藤田 直司の「森実貞男君の霊鎮まり給え 慰霊塔建立  洋上慰霊祭」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senbotu-morizane-fujita1.html
 
 高松 道雄の「祭 文」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senbotu-morizane-takamatu1.html

戦後物故者
 眞鍋 正人 平成10年6月10日逝去
 大谷 友之の「眞鍋正人君の最期」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-manabe-ootani1.html

 阿部 克巳の「眞鍋正人君の戦い」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-manabe-abe1.html

 左近允尚敏君から溝井君のお通夜について次のメールを頂いた。
「なにわ会のお通夜参加者は樋口君、松崎夫人と小生でした。以下略
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椎野画集の説明
阪神大震災から十七年経った今、六甲の崖崩れ、土砂崩れも緑に覆われ街も小綺麗になり高層マンションも高さを競ってニョキニョキ。折角の海と山の景観の視界を狭めている。御影界隈も防災重点で由緒ある松や桜もバッサリ切り落され谷崎好みの邸宅はマンションになったり数個に分割矮陋化されて下町風。神戸独特のモダニズムはどこえやら、空しさと溜息のみ。復興というシロモノは優雅な文化を破壊するものだと実感している。
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by naniwa-navy | 2011-06-10 05:54 | 日記
訃報 溝井 清君
溝井 清君の訃報 斎場が間違っていましたので訂正します。

溝井 清 君(兵科)(名簿P32)が 平成23年6月7日(火)2308 逝去された。
(今年2週間前に転倒し、頭部を打撲、入院加療中肺炎を起こして逝去)
喪 主  溝井 千津子 様
御通夜  平成23年6月 9日(木) 1800~
告別式       6月10日(金) 1030~

斎場
小清水商会茅ヶ崎斎場
住所 茅ヶ崎市新栄町6-10
電話 0467-86-7645

(溝井夫人からの電話による)
平成23年6月9日 発信
謹んでご冥福を祈ります。
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by naniwa-navy | 2011-06-09 09:34 | 訃報
日記 6月9日
6月9日
戦没者なし

戦後物故者
 齊田 元春 平成18年6月9日逝去
 金枝 健三の「齊田 元春兄の葬儀に参列して」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-saida-kaneeda1.html

75期訃報
吉田 学様(元海上幕僚長、元海将)7日午前10時37分、呼吸不全のため東京都世田谷区の自衛隊中央病院で死去。84歳。葬儀は15日午前9時45分から品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。

椎野 廣君の画集
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 普段でも沖縄の夕日は凄味がある。ましてやこの日は雨が近づいていたので空模様は鬼気迫るものがあった。昭和二十年三月、早朝非理法権天の幟を立て、沖縄え出撃してゆく潜水艦の期友と言葉を交わすことなく見送りそこねて慙愧の念を抱きつづけていたが、ここで慰霊の辞を読みあげて少しばかり安らんだ。このみなそこで彼は眠っている。
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by naniwa-navy | 2011-06-09 04:51 | 日記
日記 6月8日
6月8日
戦没者
 67年前 昭和19年  なし
 66年前 昭和20年 
 坂梨 忠(足柄 巡洋艦)
 陸軍部隊輸送のためジャカルタ発シンガポールに向け航行中、バンカ海峡で敵潜の攻撃を受け被雷沈没戦死
この足柄が太平洋戦争における海上戦闘の最後の沈没艦であった。
足柄については、故小河美津彦君の『挽歌の海』↓に詳しい。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senki-1-bankanoumi-ogawa1.html
 足柄の生存者を救助したのも駆逐艦神風であり、神風は終戦までシンガポールを基地として活躍していた。

 昨日椎野 廣君の画集をブログに取り込んだが、今日は平成6年の賀状を取り込んだ。
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 メリケン波止場といっても神戸はヨーロッパ系の港である。(横浜はアメリカ系)異人館もヨーロッパ系だ。身近な話だが私の隣にはドイツ人のレーマンさん、イギリス人のハンプトンさんが住んでいた。阪神大震災でテレブルと仰って自国へ退散した。ななめ向いはトルコ人のキルキーさんが住んでいる。私が神戸支店に勤務している時、最も親しかったお客さんはトルコのヤコブさんだった。
 神戸のパンはドイツ系とフランス系で旨いよ。
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by naniwa-navy | 2011-06-08 05:00 | 日記
椎野 廣君の画集について
椎野 廣君の画集について
山本省吾君から、「春の関西クラス会席上で椎野君と話が弾み、彼の年賀状を画集にする手伝いをしました。画面・文章とも非常に洒脱です。泉五郎君からよければブログで随時紹介すればとの荷電がありました。ファイルを同封するので一覧下さい。」と次の文章が添付されていた。
(椎野 廣君)
 「本当に本人がガックリする程 去年あたりから老化の速度が速まった。聞いたこともない病名の病気に襲われるし、あちこちの筋肉は減り、けだるい思いの起床時、貧血気味の灰白色の細くなった足を見ればやがてのお棺を連想するし、体力だけでなくて気力も衰え、溜息ついて何んの為に俺は生きとるのかと自問自答し、剰え現今の政治屋の連中の劣化現象を見るとストレスは累積されるばかりだし、何んと生甲斐のない世の中よーと嘆いていたら今回の小冊子。そう昵懇でもなかった山本君の奇特な好意でやっと爽快な青空が見えた。
 ネービーという種族は概して真摯で感激屋でしかもスマートだが、今回の山本君の行動で久し振りにああこれがクラスだ、コレスだ、ネービーだなと生きる喜びを感じたよ。
 勿論、潮氣があって、碧空のように澄んで海のように広い心の今の俗世とかけはなれた貴重な離れ駒集団も少しずつ放れて行く。大事に励まし温めあわねばとつくづく思う。」
そして、画集が沢山送られてきた。これから逐次ブログで紹介していきたい。
今日は平成5年の年賀状を送って見ます。
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 平成5年 元旦  腰が悪いのでゴルフは休止 その代り碁と日本画は上達したようです。
昨夏、祇園祭の頃 描きました「妻と孫と舞妓」です。
京都・円山の吉水弁財天です。舞妓の後姿をとらえるのに苦労した。祇園で写真を撮りたいと申入れたら「堪忍しておくれやす」と謝られた。いつも寫生は一時間位で切上げてあとはビールを飲んで油照りのクソ暑い京都の夏を切り抜けていた。
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by naniwa-navy | 2011-06-07 06:12 | お知らせ
日記 6月7日
6月7日
戦没者 
 67年前 昭和19年  
   西田和夫(早波 駆逐艦) 
   敵潜掃討中、タウイタウイ沖で敵潜の雷撃を受け沈没戦死

 66年前 昭和20年 
   山崎 登(戦701 兵器) 
  比島タルラック西方の山中行動中、土民軍の狙撃を受け戦死

戦後物故者
 松元 金一 平成05年6月7日逝去
 足立 喜次の「松元金一君を偲んで」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-matumoto-adati1.html

 浦本 生の「松元 金一君への弔辞」の記事 ↓ がある。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/bukko-matumoto-uramoto1.html

 昨日椎野廣君の画集について泉五郎君から電話を貰い、更にその画集を編集した山本省吾君からメールを貰った。その詳細については別途ブログに掲載する。
泉五郎君、山本省吾君有り難うございました。
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by naniwa-navy | 2011-06-07 05:47 | 日記

by naniwa-navy
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